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2009年9月

2009/09/19

よくあるパターンその2

昨日に引き続き、シリアスなドラマ仕立てのビデオクリップの紹介を。
今日は家庭問題をテーマにしている作品です。

親の不仲や離婚は今や日本でも特別なことではなくごく当たり前のようになっていますが、その数は当時の欧米では日本の比ではなく社会問題としても頻繁に取り上げられていましたし、アーティストの中にも少年期に経験した人は多く、それを歌にするというのも珍しくありませんでした。

■Quireboys - I Don't Love You Anymore


Quireboysはイギリス出身のバンドで、メジャーデビューは89年だったと思います。
70年代を彷彿とさせるオールドスタイルのロックンロール、そしてボーカルのスパイクの声が似ていたこともあって、ついロッド・スチュアートを連想してしまうんですが、とても味のあるバンドでした。
90年の年末にあったカウントダウンライブにBon Jovi、Cinderella、Skid Rowと一緒にQuireboysも参加していて、朱雀も東京ドームで見たのですが、彼らの演奏をもっとこじんまりしたライブハウスで聞きたいなぁ~と思ったのを覚えています。
そして彼らは今も相変わらずのスタイルで活動を続けているようです。いつかロンドンのクラブあたりでもう一度聞いてみたいものです。

■Faster pussycat - House Of Pain


こちらは87年にデビューしたアメリカのバンドFaster pussycat。
Faster pussycatと言えば最強のB級メタルバンドで、L.A.メタルの品の悪さとチープさに彩られたノリのいいサウンドが、とにかく朱雀のツボでした。(笑)
GN'Rのようにメジャーにならず、それでもいつまで経ってももこのスタイルでロックンロールし続けてくれるんだろうなぁ~なんて思っていたら、チャッカリ時代の波に乗っかって、恐ろしいことにこの「House Of Pain」は全米No.1に輝いちゃってます。

嗄れ声のテイミー・ダウンが哀愁たっぷりに歌うこの曲は勿論素晴らしいのですが、No.1になったのはやはり当時のMTVの力が大きかったように思います。
多くのアメリカの家庭で抱える問題をストレートに表現した映像(特に父親が出て行った後、子供が一人で思い出の詰まったビデオを壁に写すシーン)は離婚した親たち、親が離婚した子どもたち、そのどちらの琴線をも刺激したのではないかと思うんです。
だって、あのファスターですよ?「プ・プ・プ・pussy、pussy、pussycat~♪」なんて歌ってるヤツらですよ?(笑)

そしてお気に入りのバンドの曲がヒットするのは嬉しいけれど、全米No.1になっちゃってコイツらもこのままGN'Rのように遠くに行ってしまうのかぁ。それもちょと寂しいなぁ~…なんて思っていたのですが、朱雀の心配をよそにFaster pussycatはこの栄光が仇となって逆に転げ落ちていっちゃいましたよぉ…。うぉ~い!

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2009/09/18

よくあるバターンその1

先日、80年代はMTVの全盛期でもあったと書きましたが、MTVが音楽業界に与えた影響は図り知れません。
当然、HM/HR界も例外ではなく、MTVでへヴィ・ローテーションされた曲がヒットチャートを一気に上昇し、その結果HM/HR系のアーティストの曲が全米No.1になるというそれまでにあまりなかった現象も当たり前に起こるようになりました。

またプロモーションビデオは大抵シングルカットした曲で制作されていて、メガヒットのアルバムになるとそのほとんどをシングル化する為、1枚のアルバムからいくつもビデオクリップを発表するということも珍しくありませんでした。
その所為かどうか分かりませんが、HM/HR系のビデオクリップは大体いくつかのパターンに分類されます。

今日はその中からシリアスなドラマ仕立てのビデオクリップを紹介します。
これは歌詞に合わせた物語がビデオの全編を通して流れ、その合間にバンドの演奏シーンが挿入されるというパターンで、曲調はバラードが圧倒的に多いです。
またこのパターンでは、そのストーリーは自分の体験を元にしたものや話題になった事件や小説をアレンジしたものなどがあって、テーマも犯罪、家庭問題、恋愛など様々です。

ではその中から犯罪を扱ったものを2本。

■Skid Row - 18 And Life


1本目はSkid Rowの「18 And Life」
Skid Rowは89年にジョン・ボンジョビの支援を受けてメジャーデビューしたアメリカの5人組です。
この頃はメタルブームの絶頂期で超メジャーになった人たちが、若手を育てるというか新人のデビューに手を貸すという事もよくありました。
確かSkid RowはカナダのバンドKiller Dwarfsにも可愛がられていてデビュー前に前座として一緒にツアーをまわっていたはず…
で、音楽もルックスも時代も良くて、あっという間に売れちゃいました。(笑)

この「18 And Life」はファーストアルバムから2曲目にシングルカットされた曲です。
若さゆえのジレンマというか、いかにもな映像がデビューしたてで勢いのあるバンドの歌とよくマッチし、演じていた男の子2人も注目を集め、後に二人でバンドを組んでデビューしたという話までありましたっけ。

■Damn Yankees-High Enough


2本目はDamn Yankeesの名曲「High Enough」です。
Damn Yankeesはボーカルのトミー・ショウ(元Styx)、ベースのジャック・ブレイズ(元Night Ranger)、ギターの野人・テッド・ニュージェントによる超豪華ユニットで90年に結成されました。
トミーと歌うベーシスト・ジャックの絶妙のハーモニーが魅力のスーパー・ハードロック・バンドでしたが、93年に野人がソロに戻り、また後の二人も再結成した昔のバンドにそれぞれ戻り事実上消滅しています。

この曲は全米のヒットチャートで3位まで上がり、リーバイスのCMでも流れていたので、聞いたことのある人も多いと思います。
ビデオクリップの中で最後に野人と呼ばれたあのテッドが神父役でちょこっと小芝居しているのが時の流れを感じさせますね。(笑)

他にも有名どころではMötley Crüeの「Your all I need」などありますが、埋め込み禁止のためご覧になりたい方は動画サイトでどうぞ。

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2009/09/17

GN'Rではなく…

昨日、Guns N' Rosesのビデオクリップを紹介しましたが、実は朱雀は大のGN'R好き♪
どのくらい好きかと言うと『GN'Rの前にGN'Rなし、GN'Rの後にGN'Rなし!」というくらい好きです。(笑)
勿論、バンドとしてもNo.1だと思っていますが、それ以前にボーカルのW ・アクセル・ローズがたまらなく好きなんです♪
朱雀はGN'Rに出会ったとき、自分が彼らと同じ時代に生まれたことに心から感謝しました。だってもしあと10年早く(または遅く)生まれていたら、あんなに夢中で彼らの音楽に浸りきることは出来なかったと思うんです。

88年の初来日ライブでこっそり録音したカセットテープには会場にいたすべての人たちが歌った「Sweet Chaild O' Mine」が入っています。勿論、朱雀もその中の一人として歌っていたわけで…
GN'Rと共に生きた証というほど大げさなものじゃないけれど、そのカセットテープとその日のコンサートチケットは今でも朱雀の一番の宝物です。

で、今日はそのGN'Rのビデオクリップ…ではなく、アクセルに影響を与えた人たちのビデオクリップを紹介します。なぜに…(笑)

まず最初はオーストラリアの伝説のロックンロール・バンド、Rose Tatoo♪(笑)
GN'Rがメジャーデビューする前、マイナー・レーベルから出したミニアルバム「LIVE?!★@Like A Suicide」(のちに「G N' R Lies」に再収録)にはRose Tatooのカバー曲「Nice Boys」が入っています。
もともとAC/DCやRose Tatooが大好きだったアクセルはクラブ時代に、ライブでよく彼らの曲をカバーしていたみたいですね。
GN'Rのデビュー当時、音楽的ルーツとしてAC/DCやAerosmithと共にRose Tatooの名前も挙がっていたので、GN'R経由でRose Tatooを知り初めて曲を聞いたという人も多いと思います。

朱雀は元々ロックンロール系の音が大好きで、勿論Rose Tatooのことは知っていました。
ただ如何せんあのビジュアルが邪魔をして、あまり熱心に聞いたことはありませんでした。(笑)
で、やはりGN'R経由で食わず嫌いを改め、じっくり音を聞いてみたら…これがもう!すっかりハマっちゃったんですね~。(爆)

GN'Rの初来日の際、アクセルは雑誌のインタビューで自分が死んだ時、一緒に棺に入れたいアルバムは?という質問に「QueenⅡ」と答えていました。
その時はちょっと意外な気もしましたが、後のGN'Rの展開を見ていると思わず納得!
ただアクセルと言う人の核にはどれだけ金持ちになろうが、名声を得ようが、環境が変わろうが、Rose Tatoo的サウンドにシンパシーを覚える何かがあるんじゃないかと…
17年も待たされてようやく昨年発表された「Chinese Democracy」を聞いていると、ふとそんなことを思うんです。

■Rose Tattoo - Bad Boy For Love

Rose Tattooは78年にデビューした5人組で、何故かR指定したくなるような映像を見てお分かりのように、ハゲ!いえ、スキンヘッドで味噌っ歯、おまけに刺青だらけのチビッ子おやぢが伝説(何の!)のボーカリスト、アングリー・アンダーソンです。(笑)

ちなみにこの映像は77年のものだそうです。余談ですが、この曲はオランダのメタルバンドVengeanceがカバーしています。(Arabia・88年)
06年にギターのピート・ウェルズが残念ながらガンのため亡くなっていますが、バンドは現在も活動しています。
また07年にはGN'Rのオーストラリア公演にハゲおやぢアングリーが飛び入り参加し「Nice Boy」をアクセルと一緒に歌ってます♪物凄く見辛い画像ですが、動画サイトにUPされていますので興味のある人はどうぞ。

お次はアメリカのバンドShark Island。
Shark Islandとしてのメジャーデビューは89年とわりと遅いのですが、それ以前はThe Sharksというバンド名で約10年ほど活動していて、82年には自主制作で「Alter Ego」というアルバムも出しています。
クロウト受けするバンドというか、当時、L.A.を拠点にしている多くのバンドが、雑誌などのインタビューでクールだと思うバンドは?という質問にこぞってShark Islandの名前を挙げていました。

サウンド的にはL.A.出身のバンドで、L.A.メタルが花咲いたまさにその時期に活動していたにもかかわらず、陽性の乾いた明るさ(人はこれを能天気といふ)は全くなく、どちらかといえば良い意味でヨーロピア~ンな暗さというか影を漂わせていて、間違いなく誰も知らないと思いますが、朱雀がHM/HR以外でこよなく愛したイギリスのバンドMetroに通じるものがあるんですよね。分かり難いにもほどがある説明で…スミマセン!!

メジャー・デビューしてから結局、アルバムを1枚(Law Of The Order)残しただけなんですが、そのアルバムの最後の曲がなんと!Fleetwood Macのカバー曲(The Chain)なんですね。
これが他の曲と全く違和感ないところがShark Islandたる所以だということにしておきましょう。(笑)

で、アクセルもメジャー・デビューする前はL.A.のクラブを中心に活動していたので、彼らと交流があったのかもしれませんが、朱雀が勝手に思うにアクセルはボーカルのリチャード・ブラックのステージ・パフォーマンスに憧れてたんじゃないかと…

とにかくね、リチャードのマイク・スタンド捌きとパフォーマンスを見て下さい。

■SHARK ISLAND - Paris Calling

以前、アクセルは影響を受けたバンドとしてShark Islandの名前を挙げていましたが、それは音楽的なことより「カッコいいから真似しちゃった!」って意味なんじゃないかと…(笑)
実はアクセルって体が硬くてものスゴく不器用そうなんですよね~。おまけにエキサイトしてくると病的に神経質な動きを繰り返したりするので、きちっとしたパフォーマンスを自分で考えられるわけないと思うんです。
で、若かりし頃リチャードのバシッと決まったパフォーマンスを見て、安アパートでモップ振り回しながら練習してたんじゃないかなぁ~なんて…(爆)

そういえばShark Islandが来日した時のこぼれ話に、このビデオクリップのようにステージに沢山のロウソクを並べるつもりでスーツケースいっぱいにロウソクを詰め込んだら、空港で止められたっていうのがありましたね。

ボーカルのリチャードは91年に神ことマイケル・シェンカー(MSG)、トレイシー・ガンズ(L.A.Guns)、シェア・ペダーセン(Vixen)、ボビー・ブロッツァー(Ratt)というメンバーのContrabandというバンドに参加しバンドと同名のアルバムを出していますが、その後はどうしているんでしょうね?


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2009/09/16

シュワちゃんといっしょ♪

映画の主題歌や挿入歌にHM/HR系の曲が使われることもよくあって、その曲のプロモーションビデオに映画のシーンが挿入されているものや、中には映画の主人公本人が登場してバンドのメンバーと絡んだりするものあったりします。

で、今日はそんなビデオクリップを2本紹介します。
実はこの2本には共通点があって、かなり面白いんです。
最初の一本はGuns N' Rosesの「You could be mine」。この曲は映画「ターミネーター2(91年)」の主題歌です。
そしてもう一本はAC/DCの「Big Gun」で、この曲は映画「ラスト アクション ヒーロー(93年)」の主題歌。
どちらの映画も主演はアーノルド・シュワルツェネッガーで、共にシュワルツェネッガーがライブ会場に潜入してくるところから始まります。(笑)

ここまでは非常によく似ているのですが、アクセルとアンガスの違いがこの後ビデオに現れます。
映画がシリアスとコメディという違いも勿論あるのでしょうが、やっぱりバンドのキャラの違いが多大にあるんでしょうね。ヲイ!

GN'Rの方は映画のカットの挿入が主でメンバーとシュワルツェネッガーの絡みは少なく、曲の終りにちょこっとあるだけなんですが、それもあくまでクールに格好よく…
最後のターミネーターとアクセル・ローズが、意味深な笑みを交わしあってお互い去ってゆく…ココなんて絶対アクセルの趣味丸出し!!


■Guns n' Roses - You Could Be Mine


お次のAC/DCですが、このビデオはある意味凄すぎます!!
AC/DCのアンガス・ヤングと言えばブレザーに半ズボン、ハイソックスにランドセル、そして学童帽という小学校の制服をモチーフにした出で立ちで、ギターを弾きながら中腰で片足を真っ直ぐに上げ下ろし突き進む独特のステップが有名で、なんと!それをあのシュワルツェネッガーが真似してやってるんですよぉ~。
それもステージでアンガスと一緒に♪半ズボンもはいちゃって!!
アンガスは背がとても低くて(160センチあるかないかだったと思います。)そのちっこいアンガスの横にいるジャック・スレーター役のシュワルツェネッガーがこれまたイイ味出してます♪
映画のシーンもいくつか挿入されていますが、半ズボンのシュワちゃんに目が行って映画は全然印象に残りません。(笑)

その昔カップヌードルのCMでヤカンを振り回していたシュワルツェネッガーですが、日本以外では絶対に流さないという条件でCMの契約をしたぐらいなので、カリフォルニア州知事となった今、世界中でこのビデオクリップが見られていることを彼がどう思っているか、ちょっと気になりますね。(笑)


■AC/DC - Big Gun


そして永遠のギター小僧アンガスは他にも、ステージに仰向けになりギターを弾きながらクルクル回転したり、客席からの「アンガス!チャッ、チャッ、チャッ(拍手)」のコールに答え客席に向かってお尻をペロンと出す「おケツ出し」という必殺技があるのですが、ハリウッドスターは流石にそこまで出来なかったようです。う~ん残念!!

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2009/09/15

「反戦」ということ

この時期、アメリカの同時多発テロ事件に関するニュースや映像を良く目にします。
8年前テレビに写し出されたまるで映画のような光景は、恐怖や怒りとも違う、これまでに経験したことのない何とも表現のしようのない感情を生み、その消化しきれない思いに朱雀はしばらく悩まされ続けました。

そして映画「ワールド・トレード・センター」などを見ていると、グ~タラでご都合主義を地でゆく朱雀ですが、流石に時には自分の立っている位置から世界に目を向け、今の自分に出来ることを考えたり実行することも必要なんじゃないかと、ちょこっと思ったりするわけです。

そんなことをつらつら考えている時、HM/HRの曲の中にも戦争や平和をテーマにした社会的な内容の作品が沢山あって、中にはとてもインパクトのあるビデオクリップもあった事を思い出しました。

今日はそんなビデオクリップを2本紹介します。


■Metallica - One


Metallicaはスラッシュメタルの先駆者として知られる81年に結成されたアメリカのバンドです。
「One」は88年に発売されたアルバム「...AND JUSTICE FOR ALL」の中の曲で、Metallicaはこれ以前に3枚のアルバムを発表していますが、プロモーションビデオをこれまで一切作っておらず、Metallica初のビデオクリップがこの「One」です。
「...AND JUSTICE FOR ALL」というアルバムにも驚きましたが、このビデオクリップを見たときの衝撃はかなりのもので、もともとスラッシュ系のメタルはあまり好みではなかった朱雀ですが、このアルバムでMetallicaの認識が大きく変わりました。

そしてこのビデオクリップに挿入されているのは映画「ジョニーは戦場へ行った(71年)」の映像です。
ビデオクリップの中でほとんど紹介されていますが、映画のあらすじを簡単に書いておきます。
アメリカの青年ジョーは第1次大戦で、ヨーロッパの戦場に出征するのですが、そこに砲弾が炸裂しジョーは負傷します。

負傷したジョーは心臓は動いていたものの体の中で無事だったのは延髄と性器だけ。
手足は切断され、目も耳も口も舌も鼻も失い「姓名不詳重傷兵第407号」として陸軍病院で生かされ続けます。
時間とともに自分の状況を理解しはじめたジョーは過去を回想しながら、現実に絶望し、次第に死を望むようになります。
ある日ジョーは回想の中で「何も言えないなら電報を打て、モースルだ。頭を使うんだ。」という父の言葉を思い出します。そしてジョーは枕に頭を叩きつけます。

それを見つけた看護婦が軍医や上官達を呼び、そこでジョーの頭の動きがモールス信号である事に彼らは気づきます。
「君は何を望むのか?」との問いかけにジョーは「外に出たい。人々に僕の姿を見せてくれ。それができないなら殺してくれ」と伝えます。
その答えに愕然とした上官ですが、そこに居合わせた人たちに一切の他言を禁じてしまいます。
その行為に神父は怒り上官をなじるのですが状況は変わりません。
一同が去ったあと、1人残った看護婦は「殺してくれ」と訴え続けるジョーの肺に繋がっている管を切ります。ところがそこに戻ってきた上官に阻止され、この看護婦も追い出されてしまいます。

そして上官は窓に黒いカーテンを引き、暗闇の中にジョーだけがただ一人取り残されて…


続いて紹介するのはScorpionsの大ヒット曲 「Wind Of Change」です。


■Scorpions - Wind Of Change



Scorpionsは72年にメジャーデビューしたドイツを代表するハードロックバンドです。
空前のメタルブームが巻起った80年代後半は、世界中で大掛かりなロック・フェスティバルが催され、89年にはモスクワで「モンスター・オブ・ロック」のソ連版とも言える「モスクワ・ピース・フェスティバル」が開催されました。
Bon Jovi、Ozzy Osbourne、Motley Crue、Cinderella、Skid Rowらと共に出演したScorpionsは、前年の88年にレニングラードですでに単独コンサートを行っており、ソ連での知名度がとても高く、このフェスティバルでもかなり中心的な役割を担っていたようです。

そしてフェスティバルの3ヶ月後に「ベルリンの壁」が崩壊、翌年の90年には東西ドイツの統一、さらに翌年の91年にはソ連も崩壊します。

この「Wind of Change」は90年に発表されたScorpionsの通算14作目のアルバム「CRAZY WOLD」に収録されています。
まさかこうなることを予想していた訳ではないでしょうが、彼らの願いは確かに「Wind of Change」になったのです。

哀愁を含んだ美しい声でクラウス・マイネが歌いあげるこのバラードは世界中でヒットしましたが、東西冷戦の終結を象徴する曲として現在はドイツの教科書にも載っているそうです。
ドイツのバンドScorpionsの曲ということが、ドイツの人たちにとってより一層深い意味を持つんでしょうね。

The wind of change blows straight
Into the face of time
Like a stormwind that will ring
The freedom bell for peace of mind
Let your balalaika sing
What my guitar wants to say

いつ聞いても、この歌詞のところは特に胸が熱くなります。

そして00年にハノーファーで開催された「EXPO 2000」では、クラッシックの国ドイツが誇るベルリン・フィルハーモニーとScorpionsの共演で「Wind of Change」が演奏されています。


と、言うことでオマケです。(笑)


■Scorpions & Berlin Philharmonic Wind Of Change (Live)


ちなみにMetallicaもオーケストラと共演しています。
Scorpionsより一足早く99年にサンフランシスコ交響楽団と地元のサンフランシスコで公演を行っています。


も一つオマケじゃ!(笑)


■Metallica with The San Francisco Symphony Orchestra One(Live)



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2009/09/14

ダイヤモンド・デイヴの功績

80年代というのは日本ではちょうどバブル景気の真っ最中で、その影響もあってか朱雀の愛するHM/HR界でも前半のL.A.メタルに引き続き中盤から後半にかけてまさにバブルとしか言いようのない絶頂期を迎えます。
そして80年代といえばもう一つ、MTVの全盛期でもあってHM/HR系のアーティストたちもこぞってプロモーションビデオを作り、趣向を凝らした多種多様なビデオ画像が毎日のようにテレビから流れていました。

誰もが知っての通り、テレビの一番組であったMTVを一躍有名にしたのは先日急逝したMichael Jacksonですが、どちらかというとマニアックだったHM/HRのビデオクリップを流行(はや)りのヒット曲やポップスと一緒に堂々とへヴィ・ローテーションさせることに貢献したのはやはりこの人ではないかと思うんです。
その人とは、ダイヤモンド・デイヴことデビッド リー ロス♪(笑)

デイヴはVan Halen在籍中の1985年に発売したソロEP「CRAZY FROM THE HEAT」が決定的となり、翌年バンドを脱退することになります。
エディ命だった朱雀もこれにはかなりショックを受けましたが、Just a GigoloやCalifornia Girlsのビデオクリップを見たとき「これじゃあ仕方ないか…」と割と早く諦めがつきました。(笑)
Van Halenがあんなラスベガスのショーみたいになるのはちょっとキツイでしょ…

で、このあとデイヴはビリー・シーン(し、師匠!!)や怪人スティーブ・ヴァイも巻き込んで彼独自のゴージャス路線を直走るのですが、アルバムの曲がシングルカットされるたびに発表されるビデオクリップがもうなんというか…話題てんこ盛りでそりゃ凄かった!

毎度おなじみの水着美女は勿論のこと、ブルース・ブラザースをパロったナゾのプロデューサー「ピカソ・ブラザーズ」を特殊メイクで演じたり、ヨセミテの巨大な岩ロストアローをクライミングしたり…(実はロストアローは登ってはいけない岩で登頂後、デイヴは逮捕されています。)
オマケにビリー師匠もスティーブもノリノリでデイヴを押しのける勢いではしゃいでます♪

ここにUPしたビデオクリップはピカソ・ブラザース大熱演のものです。(笑)

■David Lee Roth-Goin' Crazy


そしてショー的要素の強いデイヴとはまたちょっと違い、ロック小僧の悪ガキ路線でもの凄く楽しいビデオクリップを作り続けていたのがMötley Crüe。
L.A.メタルの真っただ中から「セックス、ドラッグ、ロックンロール」を演じきったツワモノ達で、この人たちもヤリたい放題でしたね。(笑)
家族団欒のお茶の間で「Girls Girls Girls」のプロモーションビデオがテレビに映し出された時の気まずさといったら…ほほほ
でもって、「Girls Girls Girls」か「smoking in the boy's room」をこちらにUPしようと思ったのですが、残念ながら埋め込み禁止になっていたので見たい人は動画サイトでどうぞ。

で、仕方ないのでオマケをひとつ。


■Van Halen-You Really Got Me


Van Halen時代のデイヴです。それも初期の!
昔っから腰振りまくってますが、まだまだワイルドなロック小僧で、この10年後に空中でサーフボードに乗って腰振るとは誰も思ってなかったでしょう…

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2009/09/13

うっ、動いてるよぉ~!!(笑)

朱雀が洋楽に興味を持ち始めた70年代終盤、イギリスではパンクやニューウエーブの全盛期で、朱雀も例にもれずパンクに夢中だったのですが、一方でハードロック好きの友人のお兄さんの影響でLed ZeppelinやDeep Purple、Kiss、Aerosmith、Queenなども聞いていました。

当時は当然TUTAYAもないので、レコード(CDではない!)を借りて聴く側としては持ち主の影響を多大に受けることになります。(笑)
自分の小遣いでSex PistolsやThe Clash、Tom Robinson BandのLP(クドイですがCDではない!)を買い、友人とパンク談議に花を咲かせつつ、家でこっそり「天国への階段」に聞き入ってたりね・・・(笑)
で、その後はどんどんハードロックに重心が傾いていき、友人のお兄さんのレコードを片っ端から聞きまくることに…。
なのでリアルタイムではなく5年~10年くらいのズレがあるんですが、朱雀が高校生の時に夢中で聞いていたのが先に挙げたバンドに加えAngel、Cheap Trick、Sweet、Starz、Quiet Riot、UFO等々なんですね。

で、勿論、MTVなんかもまだやってない時代ですから、来日公演に行く以外でアーティストの動く姿を見る機会なんてほとんどなく、レコード会社やテレビ局の主催で時折行われるフィルムコンサートなどはファンにとってはたまらなく魅力的なイベントでした。
そのフィルムコンサートではライブ映像が主なんですが、プロモーションビデオを作っているバンドもいくつかあって、そのお宝映像を目に焼き付けようとそれはもう必死でスクリーンを睨んでましたっけ。(笑)

でもって、今日紹介するSweetですがこのビデオクリップを見つけた時、思いっきり感動しましたよ!
だってポスターや雑誌でしか見たことのない当時の彼らが動いてるんですよっ!
フィルムコンサートに初めて行った時のような感動がっ…!ウルウル

実はSweetは76年に来日していますが、流石に朱雀はまだその頃Sweetと出会っておらず、彼らの生の演奏を残念ながら聞いたことがありません。
バンド自体は90年代中頃まで活動していたようですが、97年にオリジナルボーカリストのブライアン・コノリーと02年にはドラマーのミック・タッカーが亡くなっていますので、今はもうオリジナルのSweetを生で見ることは無理なんですよね。しんみり…

で、この「Fox On The Run」は全米5位、全英2位と大ヒットした曲なのでSweetを知らない人でもどこかで1度くらい聞いたことがあるんじゃないかなと思います。
特に日本ではいまだにTV番組でちょっとしたBGMに使われてたり…

それからこれは75年の映像なんだそうです。
ああっ、この髪型とファッションが何とも…たまりませんねぇ~。(爆)
もし彼らが現在もこのヴィジュアルをキープしていても逆に恐ろしいものがありますが、懐かしさのあまり色々検索していたら、とあるサイトで近年の彼らの写真を発見!
感想は………顔と名前の照合を朱雀の脳は拒否しました。(笑)
と、とりあえず素晴らしい曲を聞きましょう!脱兎…

■Sweet - Fox On The Run



続いて紹介するのはCheap Trickの「Dream Police」。
これは当時としては珍しくちゃんとしたプロモーションビデオですね。
この映像は当時、朱雀もテレビなどで見たことがありますし、のちのMTV全盛期にはHM/HRのクラッシックとして良く流れていたので、VHSのビデオテープに録画したものを今も持っています。(笑)

このCheap Trickは77年にデビューしますが本国のアメリカではいまいちパッとせず…
ところがボーカルのロビン・ザンダーとベースのトム・ピーターソンのビジュアルが良かったこともあって日本では女の子を中心に人気が上がり、78年に初の来日公演を行います。
そのライブアルバムを『チープ・トリックat武道館』として日本限定で発売したところ、これが逆輸入という形でアメリカで話題になり翌年には「AT BUDOKAN」というタイトルでアメリカでも発売、アルバムは300万枚の大ヒットを記録します。
そしてこのアルバムが「ブドーカン」の名を世界的なものにし、のちのHM/HR系のアーティスト達にとって日本の「ブドーカン」でライブをすることがステータスとなってゆきます。

一躍有名になったCheap Trickですが、その後81年にトムがバンドを脱退、バンドはまた低迷期に入りいつしか日本でも話題にのぼらなくなってゆきます。
ところが!87年にトムが待望の復帰!!
翌年の88年には「The Flame(永遠の愛の炎)」が全米No.1の大ヒットとなり、この年の11月、Cheap Trickは4人揃って再び「ブドーカン」に立ちました!
朱雀もこの日、武道館で念願の「Surrender」を彼らと共に歌いましたよ♪
実は朱雀がCheap Trickにハマったのはトムがバンドを脱退するちょっと前なので78年のライブには当然間に合ってません。
なのでCheap Trickのライブは88年が初めてなんですが、トム・ピーターソンだけはその前にチャッカリ見てたりなんかして…(笑)
トムはバンド脱退後の82年にカーマイン・アピス(ドラムス)、エリック・カルメン(ボーカル)、リック・デリンジャー(ギター)、デュアン・ヒッチングス(キーボード)というメンバーで来日しているんですよね~。
そりゃあもう張り切ってゆきましたサ!

で、Cheap Trickの何が凄いって、ギターのリック・ニールセンとドラムのバニー・カルロス!この二人の変化のなさ!(笑)
特にリックはクローンでもいるんじゃないの?と思うほど変化がありません!
ビジュアル担当の二人も昔からファンの間でもひそかに心配されていたロビンの頭髪に一抹の不安はあるものの、二人ともちゃんとイイ男になってます。
とは言え、朱雀が最後に彼らを見たのは96年のライブなのでその後、どう変わったのかはよく分かりませんが…(笑)

とりあえず見ちゃって下さい!

■Dream Police - Cheap Trick



この映像では分かりにくいですが、ピンクのスーツが妙に似合っているロビンと何度見ても関根勉に似ているリックがツボですぞ♪

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2009/09/12

アイルランドの魂風(こころかぜ)

この1ヶ月ほど朝、掃除する時に流すBGMは何故かゲーリー・ムーアで名曲「パリの散歩道」はフィル・リノット(ライノット)が歌っている初期のバージョン、ゲーリーのソロバージョン、やはりゲーリーのソロのライブバージョンと3回も聞いてます。
他にも「Always Gonna Love You」「One Day」「Empty Room]「Spanish Guiter」等々バラードメインに小一時間、泣きのギターに浸りながら掃除するってどうよ!(笑)

で、ゲーリー・ムーアといえば忘れちゃならないのがフィル・リノット(ライノット)。
そのフィルが亡くなったのは1986年で、もう23年も経っちゃったんですね。
文明の進歩というのは本当にすごいもので、件の動画サイトには歌うフィルの画像が沢山あって、まるで今でもフィルが生きているかのような錯覚に陥ります。

ゲーリーとフィルは共にアイルランドの出身で、Skid Row(アメリカのSkid Rowとは関係ありません)、Thin Lizzyと共に同じバンドに在籍していたことがあります。
Thin Lizzyの名作「Black Rose]を作ったあとゲーリーとフィルは大喧嘩をしてゲーリーがバンドを脱退、以後、この二人は犬猿の仲に…
その後ソロになったゲーリーですが、なかなかメンバーに恵まれず、数々のトラブルを繰り返し、いまいちパッとしませんでした。
そんな折、ヒースロー空港でゲーリーはフィルとばったり会い、その時どちらともなく歩み寄って抱き合い昔のわだかまりを水に流したそうです。
そして二人は地元アイルランドのステージで共演し「パリの散歩道」を演奏したという話はあまりにも有名ですね。

この動画はいつの時のものかよく分かりませんが、二人で哀愁たっぷりに奏でてくれています。

■Gary Moore with Phil Lynott - Parisienne Walkways (live)


仲直りしたゲーリーとフィルはその後、Out In The Fields、Militory Man、Still In Love With Youの3曲を収めた12インチシングルを二人で創ります。
そして、その3ヵ月後にフィルはヘロイン注射に伴う内臓の感染症、敗血症により急死。
残されたゲーリーはのちにフィルのアイリッシュ魂に応えるかのようにやはりアイリッシュ魂を炸裂させた名作「Wild Frontier」を創りフィルに捧げます。

「Wild Frontier」の次のアルバム「After The War」を最後にゲーリーはハードロック路線から離れ、この後にリリースされた「Still Got The Blues」以降ブルース街道をひた走るのですが、朱雀にとって彼の最高作はやはり「Wild Frontier」で、彼の奏でるギターはアイルランドの魂風(こころかぜ)そのものなんです。

またアイルランド人である二人の作品には北アイルランド紛争などの戦争の影響も少なからずあって、二人の最後の共演となった「Out In The Fields」のビデオクリップにもその影が深く落ちています。
背景に映るアイルランドの風景もどことなく物悲しくて…もうたまりませんワ!!涙…


■Gary Moore & Phil Lynott- Out in the Fields

このビデオクリップを見た後、「Johnny Boy」を聞きましょう。ティッシュペーパーの箱も忘れずにね。(笑)

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2009/09/11

ついにパソコン買い換えたぞ記念!(笑)

皆様、毎度ご無沙汰致しております!
一時はHPも閲覧できない状態でこっそりと潜伏しておりましたので、このブログのこともすっかり忘れ去られていると思いますが、朱雀はしぶとく生きてます。(笑)

実は今年の夏は我が家の電化製品が次々とご臨終を迎え、騙し騙し使っていた朱雀のパソコンもいよいよ瀕死状態に…ううっ…
朱雀としてはあと少し頑張ってWindows7の発売まで働いて欲しかったのですが、ご老体のMeクンはこちらの都合などお構いなしにぶっ倒れて下さいました。(笑)

それで仕方なく新しいパソコを買ったのですが、まぁ~!!!なんと!!買ってびっくり!!!
パソコンってこんなに進化しちゃったのね!(爆)
Meクンを買ったのが2000年だからもう9年も経つんだから当然といえば当然なんだけど…

で、おにゅうのパソコは今まであんまり見れなかった動画とかもサクサク見れちゃうので、昔懐かしのビデオクリップをあれこれ見ては一人楽しんでおります。ホクホク♪

それでここ数日どっぷり昔のHM/HR漬けになっているところで、タイトルにもあるように『パソコン買い換えたぞ記念!』としてまた余計なことを思いついちゃいましたよ。(笑)
要は、あれこれ見つけて楽しんでいる朱雀の大好きな80’s~90’sのお気に入りHM/HRのビデオクリップをついでにこのブログで紹介しちゃおう!という超いい加減な企画なんですけど…(笑)

まず初日はパ~っとおめでたく、オールスターの皆さん(一説には妖怪大集合との声も)で「Hear n' Aid」の「We're Stars」です。

これは1986年にDIOのロニー・ジェイムズ・ディオが中心となってアフリカの飢餓救済の為のチャリティプロジェクト「Hear n' Aid」に当時活躍していたHM/HR系のミュージシャンが多数参加して作ったアルバム『STARS』の中の代表的な曲です。(HM/HR版の「We are The world」)

自分が一番!と思っている我侭ギタリスト達の所為でこの後ロニーの髪が一段と薄くなった様な気もしないではないですが、歌の上手いロニーの目にかなっただけあって、ソロパート歌うボーカリスト達はなかなかのものです。

若かりし頃のウルトラマンヘアのジェフ・テイト(Queenrycha)や歌のクオリティが高すぎて、ソロ部分をロニーにボツにされコーラスに甘んじるヴィンス・ニール(Motley Crue)、意味なくホッコリしているルディ・サーゾとトミー・アルドリッチに、やたら張り切っているブラッキー・ローレス(W.A.S.P)、いつでもどこでも血管切れそうなロブ・ハルフォード(Judas Priest)などなど笑いどころも満載です。



今後もこんな感じで続きますので、このビデオに愛着を感じる人だけお付き合い下さいね~。(笑)

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