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2003/10/11

『ジャン・コクトー』の話

今日はフランスの詩人ジャン・コクトーの命日です。
裕福な家に生まれたコクトーは父親の自殺をきっかけに、死の恐怖と
魅力に同時に取り憑かれます。
17歳で詩集『アラジンのランプ』を発表し、後にロシア・バレーの
創立者ディアギレフや、作曲家のストラヴィンスキーとの出会いから
舞台の世界でも活躍します。30歳の時に、早熟な天才作家、16歳の
レーモン・ラディゲと電撃的に出会い、彼を熱愛しますが、彼が
20歳の若さで逝去したことで、阿片に溺れてしまいます。
そして、治療中に僅か17日間で書き上げたのが、小説『恐るべき
子供たち』です。
これは少年時代に起こった出来事を、学友ダルジェロスへの憧憬を
込めて描いた作品ですが、阿片の幻覚の余韻や、ダルジュロスを
絶対的美の存在として描く事により、物語をさらに詩的に、魅惑的に
描き出した作品として、小説家コクトーの代表作とも呼べる作品に
なっています。
その後は映画の魔力に取りつかれ、コクトーの創造力を刺激し続けた
男優ジャン・マレーとの出会いにより『美女と野獣』『オルフェ』など
幻想と詩情と、屈折した愛が溢れた独創的な映像を生み出します。
1963年の今日、74歳で亡くなりますが、その死は友人のシャンソン
歌手エディット・ピアフの死を知ったショック死だとも言われています。

コクトーとラディゲについては、三島由紀夫が『ラディゲの死』という
小説を書いていますが、その中でコクトーは、「ラディゲが生きている
あいだというもの・・・ぼくたちは奇跡と一緒に住んでいた。ぼくは奇跡の
現前のふしぎな作用で世界と仲良しになった。(中略)
奇跡自体には一つ気づかず、薔薇が突然歌い出しても、朝の食卓に
天使が落ちてきても、(中略)当然のことのようにすこしもおどろかずに
見ていられたのだった。」と語っています。
友人に阿片を常用している事を語る最後の場面では、コクトーの書いた
『阿片』からの引用でこう結ばれています。
「一番賢明なのは、事情がそれに値する時にだけ狂人になる事だ」

また、この作品は三島由紀夫が翌年に発表した『詩を書く少年たち』
に描いた先輩と三島の関係のもう一つの変奏であり、その鎮魂歌でも
あります。この作品を書いた後、三島はボディビルを始め、肉体の
フェティシズムに傾倒してゆきますが、これは三島の詩との別れと
現実への希求の始まりでした。

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