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2003/09/09

バタイユの生まれた日

今日はフランスの思想家であり小説家でもある、ジョルジュ・バタイユの
生まれた日です。

バタイユは「死」と「エロス」に集約される小説、詩、評論、哲学などの
分野に渡る反社会的な思想から、ニーチェの後継者ともいわれています。

バタイユが生まれた時、父親は梅毒を患い全盲で、半身不髄でした。
17歳のバタイユは敬虔なカトリック教徒になるのですが、27歳の時に
すっかり信仰を捨てます。
青年バタイユは古文書学校に在籍し、パリ国立図書館の司書でもある
書物フェチでした。けれどもそのころ耽読したのはニーチェとフロイト
でした。
バタイユは気の早いシュールレアリストで、ブルトン批判者でもあり
ましたが同時に、精神分析医の手にかかっていた分裂者でもありました。
このように相反する符牒がこれほど僕を引き寄せ、僕を遠ざけた思想者は
いなかった、と朱雀の敬愛する松岡正剛さんが仰る、バタイユの小説に
醜悪で悲惨な父親を描いた『眼球譚』があります。

この小説は、一言で言えば「エログロ」小説なのですが、最後の章「回想」
を読むと、バタイユほどではないにしろ、誰もが幼い頃に強く心に残る
ようなものを目にすると、そこから陰鬱な妄想を拡げ密かにそのおぞましい
世界にウットリと浸るような一面があるような気がします。
バタイユの場合は、盲目で半身不随の父親が自分の目の前で排泄行為を
行い、その際、父親の瞳が物狂おしい表情を浮かべた事が心に焼き付き
それが様々なイメージと結び付いて、この小説の根底に漂います。

朱雀は子供の頃よく転んでは怪我をして、膝に傷跡が残っていたの
ですが、いつもそれを尖ったハサミで、深く抉る妄想に取り付かれて
いました。血が噴出し肉が抉れる感覚が、もの凄く気持ち良いものに
思えて仕方なかったんです。
実際に傷跡を傷つけると、それは確かに痛いのですが、それ以上に
なんだかふわふわした不思議な感覚があって、でもそれを誰かに言っては
絶対にいけない様な気がしていました。

こう言う「湿った快感」とでも言うものは、多かれ少なかれ誰の中にも
あるでしょうし、朱雀はそう言うものが潜んでいる小説や絵、詩、人形
などがとにかく好きです。

そして、Novelのページにいつまでも小説をUPしない理由も此処にあります。
心に潜む湿った快楽が根底にある小説なので、どこか躊躇してしま
うんですよ。

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