« 2003年8月 | トップページ | 2003年10月 »

2003年9月

2003/09/30

『モルガンお雪』の話

今日は、アメリカのカーネギー、ロックフェラーと並ぶ金融大財閥
モルガンの甥ジョージ・モルガンが祇園の芸妓・初雪こと加藤雪を
4万円で落籍し、身請けした日です。

京都で豪遊中のモルガンは芸妓の雪に一目惚れし、すぐに結婚を迫り
ますが、雪は気乗りせず、パトロンがいると断ります。モルガンは
全く諦めず、雪はモルガンの前で自殺を図ろうとまでしますが、
やがて、この騒ぎで自分のもとを去った恋人へのあてつけか、雪から
モルガンに4万円で身請けして欲しいと要求したそうです。
当時の4万円と言えば今の1億円にも相当する金額です。
そこまで無理を言えば諦めると思ったのかも知れませんが、モルガンは
あっさりと承諾し、雪を身請けします。
その後、横浜で挙式をあげアメリカに渡りますが、アメリカ人は黄色
人種の雪に冷たく、二人はフランスに生活の拠点を置きます。
熱烈に雪を愛したモルガンは40歳の若さでこの世を去り、雪は一度
アメリカに戻りますが、第一次世界大戦中のアメリカでは排日運動が
激化していた為、再びヨーロッパに渡ります。
その後、日本に帰国し、晩年は京都で熱心なキリスト教の一信者とし
て余生を過ごしました。
1963年に81年の生涯を終えますが、遺産のほとんどは教会に寄付
したそうです。
京都、東福寺の同聚院にモルガンお雪の墓があります。

そしてモルガンと雪が結婚式を挙げた1月20日はこの二人にちなみ
「玉の輿の日」なんだそうです。当時、雪は日本のシンデレラと呼ば
れていたんですって。

また、祇園にはこんな話も。
第2次世界大戦中にアメリカが落とした原爆は、候補地の検討の結果
長崎と広島に落とされたのですが、候補に上がっていた京都は歴史的
文化遺産があるという理由で選ばれなかったというのが定説となって
いますが、モルガン財閥は当時のアメリカ大統領のスポンサーで、
雪と雪の家族のいる京都に落とすな!と命令したとか・・・
祇園ではモルガンとお雪の愛で京都は助かったと言うのが常識なんだ
そうです。

モルガンお雪の話は、小説などで今も親しまれ、何時の時代も女の人は
こういうシンデレラ物語に憧れてしまうんでしょうね。
王子様は別にしても、朱雀は、いくら愛する人と一緒でも、外国で住む
のはちょっと嫌かも。
旅行で行くにはいいのですが、ずっと暮らすとなるとねぇ。
たこ焼きも満月ポンもないだろうし・・・(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/29

ついに開花した『金木犀』の話。

朝、起きたら何ともいえない甘い香りが・・・
ついに金木犀の花が咲き始めました。当分、この甘すぎる香りに悩まされ
そうです。フ~

で、今日はその金木犀の話など。
中国原産の木犀は木の幹の紋様が、犀(サイ)の皮に似ていることから
その名が付いたともいわれ、花が橙黄色の物を金木犀、乳白色の物を
銀木犀、その間の色を薄黄木犀と呼びます。
木犀は本来、雌雄異株ですが、日本の物は殆どが雄株で結実しません。
中国では木犀の花を桂花といい、色の濃い順に丹桂、金桂、銀桂といい
ます。

そして金木犀には月に纏わる伝説が幾つもあります。
月と言えば嫦娥。(笑)では嫦娥のお話を。
唐の時代の中秋の名月の夜、月の宮殿から嫦娥が下界の杭州を見下ろ
していました。西湖十景の一つで、月見の名所である三潭印月の余りの
美しさに見惚れた嫦娥は思わず舞い始め、男神の呉剛が嫦娥の舞に合わ
せ、桂花の幹を叩いて拍子を取りました。
すると、その振動で天香桂子と呼ばれる種がこぼれ落ちました。
嫦娥は、生まれ育った地上にも天上の桂花を咲かせようと、桂花と桂子
を地上に落とします。
こうして、地上にも桂花が根付きました。

また、こんな話も。
リー族の狩人、ノーシにはユタンという恋人がいましたが、領主の
オーヤがユタンを見初め、ユタンの両親に結納の品を押し付けます。
それ以来、二人は毎晩、裏山の檳榔樹の下でこっそり会っていましたが
それを知ったオーヤがユタンを自分の屋敷に連れていってしまいます。
ユタンは絶望し、舌を噛み切って死んでしまいます。
ノーシがユタンの墓の前で泣き続けていると、1匹の雄鼠が現れ、供え
物を食べ始めました。怒ったノーシが雄鼠を殺すと、今度は雌鼠が桂の
木の葉を咥えてやってきて、その葉を使い雄鼠を生き返らせました。
それを見たノーシは鼠の後をつけ、その木の葉を手に入れユタンを生き
返らせます。
その後、二人は幸福に暮らし、誰かが死ぬと桂の木の葉を使って生き
返らせていました。
それを知り怒った閻魔大王は、地上の桂の木を月に持って行いってしま
いました。
それで月には桂の木があり、人間は二度と生き返ることが出来なくなり
ました。

静岡県の三嶋大社には、樹齢1200年の日本一の大木で天然記念物指定の
金木犀があり、毎年、薄黄色の小花を咲かせます。
その香りは二里に及ぶそうです。恐ろしい!(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/27

どうでもいい与太話

今日はとっても良い天気で、初秋の心地良さにワクワクしながら
お布団干して、大掃除っと。(笑)
ピカピカになった部屋で、掃除中からずっと流れているお気に入りの
Bandの曲を改めて聴きなおしているところです。極楽!

今聞いているのはThe Dogs D’amourというバンドの『In The
Dynamite Jet Saloon』というアルバムです。
さっき机の中を整理していたら、昔のライブのチケットがごっそりと
出てきたんですけど、その数を見て改めて驚きました。
良くこれだけ行ったなぁと・・・(笑)
87年から92年にかけてのメタルブームの時って、ひと月に7、8回
ライブに行ってたんですよねぇ。それも、関西だけじゃなく東京や
横浜まで走り回っているって感じですね。

あの頃ってまだ電話予約だけでチケットを取る時代でしたから、毎回、
それは必死に「チケットぴあ」に電話してました。
そして、おもな会場の座席配列はしっかり頭に入っていて、チケットを
引き換えに行って、座席番号を見ただけで、喜んだり落胆したりね。
それはもう大変でした。(笑)

その時、着ていた普段着れないような派手な服は、今も全部しっかりと
残っていて、それは押入れの中でかなりの面積を占めています。
そう言えばHPを作った時にいつかその服を欲しい人に譲るというよう
なページを作ろうかな、なんて考えたこともありました。
でも、今はきっと誰も着ないだろうなぁ。(笑)

その頃の朱雀のフェイバリット・カラーはショッキングピンクで、黒に
ドピンクという、なんとも毒々しい配色の恐ろしく派手な服を着ていまし
たね。東京のLiveの時はそれで新幹線にも乗っていましたし・・・
メタル小僧は男も女も皆、髪の毛が長くてね、それに年中革ジャンを
羽織っていて冬はまだいいんですけど、夏は暑苦しいったらありゃしない。
で、絶対デブは許せなくて、皆、無茶苦茶細かったです。
朱雀はもともと背が低いのですが、体重は40Kgあるかないかって
感じで・・・あの頃のスカートを今、履いたら、きっとピチピチ!(笑)

なんか今日は10年くらい前にワープしたみたいで、一日メタルっ子
してます。こんな日も偶にはいいでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/26

陰陽説と五行説

今日は安倍晴明が死んだ日です。
安倍晴明といえば陰陽師として有名ですが、陰陽道とは本来、陰陽
五行説に基づき森羅万象の背後に秘められた世界の意味と働きを
解読し、未来を占い指針を得ることを目的とした思想と技術を指し
ます。
そして陰陽五行説は、中国の戦国時代に別々に成立した陰陽説と
五行説が、漢代に合わさったもので、今では陰陽五行説という一つ
の説として捉えられています。

で、今日はメモ代わりに陰陽説、五行説のまとめを。

まず陰陽説は陰と陽の相対する2つの気が和合・循環することに
より、万物の生成・消滅などの変化をもたらすという原理のことを
いいます。

陰は受動的、防御的など消極的な性質で、暗、柔、水、冬、夜間、裏
に分類され、量や方向を持つことで、後退、左旋、下への運動や左へ
の運動などの概念となります。
陽は能動的、攻撃的など積極的な性質で、明、剛、火、夏、日中、表
に分類され、前進、右旋、上への運動や右への運動などの概念となり
ます。但しそれは、絶対的なものではなく、ある時点では陽でも、
ある時点では陰になり得るというものです。
そしてこの陰陽を二元とし、更に四象という四元に展開し、この四元
から8つの気の状態「八卦」へ展開する易の思想へと進みます。

また一方で、万物・万象を木星、火星、土星、金星、水星の5つの惑星
の「木火土金水」という5つの気の働き「五行」に還元し、そこから
全ての現象を把握、説明しようとする思想が生まれます。
これが五行説です。

五行説では、時間を表す場合、木が春と朝、火が夏と昼、金が秋と夕方、
水が冬と夜、そして土はどの季節にもまんべんなく訪れ、土用となり、
この時間の流れから四季が生まれます。

また、空間を表す場合、土を中央とし、木が東で、この東を司る木気は
生気を司る気となります。同様に、火が南で、旺気、金が西で老気、水が
北で死気となり、これを陰陽で分けると木、火は陽、金と水は陰、土は
陰陽半々となります。
こうして万物全てに五行を当てはめ、五色(青、白、赤、黒、黄)や
五腑(胆、小腸、胃、大腸、膀胱)、五神(蒼龍、白虎、朱雀、玄武、
黄龍)などが生まれます。

この二つの思想が合体したものが陰陽五行説です。
陰陽五行説は7月20日の日記「朱雀の話」で簡単にまとめていますので
興味のある人はそちらを参照して下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/25

『イレズミ』の話

今日は明治政府が「入墨刑」を廃止した日です。(1870年)

入墨刑は犯罪者の身体に苦痛を与える身体刑の一つで、江戸時代に
作られました。
これは執行する藩によって入れる場所や入墨の形が違い、どこの
藩で罪を犯したかが、一目瞭然でした。
江戸では幅3分(約1cm)の2本筋を腕に、大阪では幅5分の2本筋
を入れたそうです。

また、イレズミには、入墨・黥・彫物・刺青・文身など様々な呼称が
ありますが、それぞれに違う意味を持っています。
入墨は刑罰として罪人の肌に刻印されたもので、黥は元々、身体の
斑を意味し、主に顔面に墨を入れることを指しましたが、中国では
罪人の顔に入れることを黥刑といい、後に日本でも行われるように
なります。
彫物は自ら好んで肌に施した装飾的なものを指し、刺青は明治時代に
出来た言葉で、墨を肌に刺すと青く見えることから、その字をあて
意味は彫物と同じです。
また文身は、成人や婚姻など儀礼的な目的で加えられた身体装飾
をいいます。

イレズミの歴史は古く、紀元前2000年頃のエジプトのミイラからも
発見されており、世界各地にその風習がありました。
それらは装飾、社会集団の一員の印、割礼と共に行うものや呪術的な
儀礼として行うもの、また、階級を示すものや、戸籍代わりに結婚や
出産の際に行われるものなど様々な意味を持ちました。
日本でも弥生時代の日本を記録した『魏志倭人伝』に「男子は大小と
なく皆、黥面文身す」と記され、頬や目元、口元などに入れたようです。

また、ヤクザの刺青は、人に威嚇を与える意味の他、苦痛を我慢して
男の見栄を張ったり、一般社会と隔絶する決意みたいなものも含まれ
ているそうです。ヤクザ(八九三)は、トランプ賭博で合計が20に
なるブタで、どうにもならない数=どうにもならない者という意味だ
そうで、そのどうにもならない者にも意地と決意があるということ
なんでしょうか?

そう言えばメタル界でも刺青ブームがあり、来日の際に皆、刺青を
入れて帰るなんていう時代がありました。
ただ、刺青を入れると皮膚呼吸が出来なくなり、全身に入れると
肝臓を悪くするので、お気に入りのアーティストの刺青が増える度
ハラハラしたものです。でも恋人の名前を入れた後に別れて、慌てて
それを違う模様に変えるお馬鹿なヤツもいましたね。
さすがに朱雀は刺青は入れていません。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/24

言葉の寄せ集め

昨日UPした「竹想花伝」はイメージだけはどんどんと拡がるのですが、
一向に言葉が纏まらず、カタチにするのに随分と手間が掛かりました。
というか、いつものようにあれも入れたい、これも入れたいという思い
だけは膨らむのですが、それが繋がらないんですよね。(笑)

で、やっとの事でカタチに出来たのですが、結局、そのうちの80%位
しか入れることが出来ませんでした。
でも、まあ、あれはあれでよしとして(笑)、時間が掛かった分、小さな
思いがあちらこちらに燻っているので、ちょこっとそれを寄せ集めて
みました。

丁度、皆さん「曼珠沙華」の詩を書かれていたので、朱雀もそれを
題材にしてみました。
でも詩じゃないです。ただの寄せ集め。(笑)
なので、こちらにUPします。


雨の雫が ほっちりと 

こころにひとつ 輪を描いて

あとは 横向き しららしん 


波紋に揺れる 庭水(にわたずみ)

うねと捻れた 赤蓮華

天降(あも)る 四色(よいろ)の 蓮花(はすばな)が

遊蕩に舞う 蘭塔場(らんとうば)

忌まれて尚も咲く花は 匙の加減で良剤に


陰徳施す 曼珠沙華(あかいはな) 
 
これがまことの 秘する花

牽強付会に 笑みを刷き

洩れた思いを 手控える

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/23

竹想花伝

POEMに詩「竹想花伝」を置きました。
この詩はいつかカタチにしたいなぁと思っていた竹の花と、世阿弥の
『風姿花伝』を物語風に仕上げてみました。

切っ掛けは、rondoさんの描かれた「時分の花」というイラストなんですが、
そこに描かれていた舞姿の青年と竹林がとても美しくて、『これだ!』
と思っちゃいました。(笑)

竹は元々イネ科の植物で、発芽してから長い年月、地下茎によって
繁殖を続けますが、ある一定の時期に達すると、一斉に紫色の花を
咲かせ種子を実らせて一生を終えます。
その周期がとても長く、花を咲かすのに60年または100年かかると
言われています。
開花すると、その竹林は枯死してしまい、再生するには多くの年月が
必要となり、このことから竹の花が咲くと縁起が悪いとされているの
ですが、根でしっかりと繋がり長年生き続けていたものが、最後の
最後には、風まかせという不安定な状態になり、種を残して死んでゆく
儚さに、すごく惹かれてしまうんですよね。

そして、世阿弥の「風姿花伝」は能の稽古のあり様を示した教育の書
とでもいえるような芸術論です。
10代は10代の花が、20代は20代の花が咲き、30代には30代の最後の
花が咲きます。
この「花」は「時分」が分け、分けて見えるのが「風体」で、その風体は
年齢によって気分や気色を変えます。少年ならばすぐに「時分の花」が
咲くのですが、これは「真の花」ではありません。
40才からはもう「時分の花」は枯れているので、本当の花を咲かせて
行かなくてはならないというものなのですが、この花を咲かすには、
時の勢いとは違い、自分の意思や哲学が問われ、これには「物学
(ものまね)」や、「幽玄」といった能に必要な要素が含まれます。
そして咲かせた真の花を「誠の花」といいます。

この詩は、今まさに花を咲かせ枯れてゆこうとしている竹が、今を盛りに
「時分の花」咲かせて舞う青年の中に、さらに年を重ね舞い続ける
花追い人の姿を見て、自分の残す種に思いを留めようとします。
やがて再び、枯れた竹林にその思いを乗せて若竹が育ってゆくという
お話ですね。

それからrondoさんの素晴らしいイラストはrondoさんのサイトで
ご覧になれます。→ http://www6.plala.or.jp/rondorondo/

Galleryにある「時分の花」を皆さんも是非、ご覧になって下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/22

『10000HIT記念企画』終了しました。

昨日で『10000HIT記念プレゼント企画』の受付を終了しました。
ご応募くださった皆様、ありがとうございました。
すでに、メモリアルカードをお贈りさせて頂いておりますが、もし、
まだ、お手元に届いていない場合は、お手数をおかけしますが
メールにてご連絡願います。

今回の企画は予想以上に好評だったので、また機会がありましたら
もう少し手を加えた企画を考えてみたいと思います。
でも、驚いたのは、朱雀が一番人気が無いと思っていた子が一番
人気があって、朱雀のお気に入りの子が一番人気が無かったこと
です。(笑)何でかなぁ~?

今度、ギャラリーのイラストや詩の中でどれが一番お気に入りか
アンケートを取って見たいですね。
全く予想外の結果になりそうで、ちょっと怖いですけど。(笑)

でも、今回の企画で初めてお声を掛けて下さった方や、わざわざ
お祝いのメールを贈って下さった方もいて、とっても嬉しかったです。
皆さん本当にありがとうございました。

それから、メールはどうも苦手と仰る方もきっといらっしゃると
思いますので、少しこじんまりとしていますが、フェアリーを何匹
(何人?)か、マテリアルに透過GIF画像の素材として置きました。
お気に召したのがありましたら、お持ち帰りして下さいね。

特別なものなど何もありませんし、相変わらず朱雀の独りよがりな
サイトですが、皆さん、これからもどうぞ宜しくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/21

秋彼岸

台風が近付いている所為か、急に涼しくなりました。
そういえば、昨日は彼岸の入りでした。
暑さ寒さも彼岸までとは、本当によく言ったものです。
そんな訳で今日はお彼岸の話など。

春分と秋分の日を中日とし、前後の3日を合わせた各7日間を「春彼岸」
「秋彼岸」といいます。
彼岸は元々、梵語の波羅蜜多(はらみつた)を漢訳した到彼岸(とうひがん)
のことで、煩悩と迷いの世界である此岸の者が、六波羅蜜(ろくはらみつ)
の修行をする事で悟りの世界である彼岸の境地へ到達出来るというものです。

そして、六波羅蜜には布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の6種類が
あります。

布施は他人に施し、物質的、精神的な施しの心を育むこと。
持戒は規律を守ることで、五戒(不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、
不飲酒)があります。
忍辱は苦難や辱めを乗り越えること。
精進は修行に励み、努力すること。
禅定は精神集中で真理を追求し、己の心を統制すること。
智慧は仏の智慧を学び、真実の世界を会得すること。

それから、彼岸の語源は「日願」であるという説もあります。
これは古来の太陽信仰からきたもので、次第に仏教と混ざって
ゆきます。この信仰では、涅槃の世界を西方浄土と呼び、阿弥陀仏の
極楽浄土は西にあるとされ、その為、真西に太陽が沈む春分、秋分
の日の夕日は極楽浄土への道標と考えられました。
この日、沈む太陽が示す極楽浄土への道を白道(びゃくどう)といい
仏の示す白道を信じて進めば極楽浄土に至るといわれています。
また「日の願」という言葉もあり、そこから日願になったと言う説も。

そして、彼岸の頃に咲くのでその名が付いた彼岸花は、朱雀にはとても
印象深い花です。
朱雀は大阪市内で育ち、田畑など余り見た事がなく、6年生の時に
引っ越した先で、初めてこの花が咲くのを見ました。
突然、真っ赤な花を咲かせるのに驚き、又その花の美しさに心引かれ
て、思わず摘んで帰ったのですが、この花は摘んではいけないと母に
叱られました。
彼岸花は球根に毒が有り、彼岸時期に咲き、墓場の近くに多く咲く事
から、死者を呼ぶ花として、忌み嫌われていますが、これは毒抜きをした
球根を、飢饉の際の非常食として守るため、先人が広めたことなのだ
そうです。彼岸花には千以上の別名がありますが、朱雀はミチワスレ
グサという呼び方が好きです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/20

色の話

今日は『空の日』です。空といえば青!という事で、今日は色の話を。
まず、空の色として思いつく色に、スカイブルーというのがありますが、
この色にはちゃんとした定義があります。
『夏の晴天の午前10時から午後3時までの間、水蒸気や埃の影響の
少ない大気の状態でのニューヨークから50マイル以内の上空を厚紙に
1cm角の穴をあけ、それを眼から約30cm離してかざし、穴を通して
見た色』というものです。

そして、一般的に青と言う色を、日本人は川の水の色、ヨーロッパ人は
地中海のコートダジュールの空の色、アメリカ人はこのスカイブルー
として認識しているのだそうです。

日本では『あお』という色には、青、蒼、滄、碧などの漢字があてら
れていますが、青は旧字体で書くと生と丹から成り立っています。
中国古代の字書「設文解字」に、青は「東方の色なり。木、火を生ず。
生丹に従ふ。丹青の信、言必ず然り」とあり、生は木を象形し、丹は
朱系の色を示します。
中国の五行思想では青は赤に繋がることになるんですね。

「滄」は寒い、又は涼を表すことから、滄海、滄浪の様に海の色を表し
「碧」は青く美しい宝玉を表し、みどりや、あおみどりとも読みます。

また、中国では『あお』は顕(シロ)に対する漠を語源とし、黒から
白に至る広い範囲の中間色を示す色名であったとする説もあります。

それから、同じ色でも、様々な呼び方がありますが、色を表す言葉は
大きく分けて二種類あります。
一つは赤、青など、色そのものを表す言葉で「系統色名」といい、
日本では、JIS企画で赤、黄赤、黄、黄緑、緑、青緑、青、青紫、
紫、赤紫、白、灰、黒の13種類に決められています。

もう一つは紅色や若草色など特定の色を表現する言葉で「固有色名」と
いい、中でもよく使われている色名を「慣用色名」といいます。
慣用色名は文化や伝統の中で生まれる言葉で、膨大な数がありますが
JISに登録されている色は180色程度です。
他にも、色を明度と彩度により記号で分類したトーン記号や、古代色名が
あります。

先ほどのスカイブルーは英名の固有色名で日本名では水色、
トーン記号はlt18、古代色名は白群青となります。
なんだか全部違う色みたいですね。
最近、短歌などを詠む様になって、色の意味に凄く興味が湧いて
きました。面白いのを見つけたら又書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/19

フーコーの生まれた日

今日はフランスの物理学者レオン・フーコーの生まれた日です。
フーコーは、振り子によって地球の自転を実験で証明し、また
ジャイロスコープを発明しました。

14世紀、コペルニクスにより地動説が発表され、その後、ガリレオや
ケプラーが天体観測の結果を元に地動説を唱えますが、誰もが納得の
いくような地動説の証拠というのは中々見つかりませんでした。

地球は太陽の周りを「公転」しながら「自転」もしていますが
それは星が北極星を中心に回っていることから、無数の星が一斉に
動いていると考えるのと、1個の地球が動いていると考えることの
どちらが起こりうるかを考えれば、理論上で地球の自転は分る
のですが、目に見える証拠と言うのはまだ、ありませんでした。

当時のキリスト教全盛の社会では、地動説は異端の説とされ、
キリスト教では、人間が立っている世界(大地)が中心で、神の意志
により、その周辺を太陽や月、星が巡っていると考えられていました。
ガリレオはコペルニクスの理論を学術的に裏付ける本を出版し、それが
『聖書を冒涜し、教皇を批判している』という理由で裁判にかけられ
有罪になります。
その時ガリレオが「それでも地球は回っている」と言ったという話は
有名ですね。

そして、この地球自転の証拠として、初めて一般市民の前で明らかに
されたのが、フーコーの振り子です。

地球上にある振り子は、長さや重さに関係なく、振動面がある速さで
ゆっくり回転します。
フーコーはこの現象が地球の自転のよって起こることに気付きます。

フーコーはまず、自宅で、長さ2mの振り子で実験を行い、その後
パリ天文台で11mの長さの振り子で公開実験を行います。
そして、ナポレオンの要請で、パンテオン寺院のドームから長さ
67mの針金に28kgの重りを吊るした実験を公開しました。
これが有名なパンテオンの実験です。

この実験は現在でも科学技術博物館などで、見る事ができます。
それから、教材用なのでしょうが『フーコー振子』というのがネットで
販売されていました。そのキャッチフレーズが中々、素敵なんですよ。
『地球の自転を証明する観察死角がない三角柱』(笑)
でも、振り子の長さが1mもあるので、家に置くには邪魔ですね。
フーコーやガリレオは子供の頃の朱雀の憧れの人でした。
実は朱雀は天文学者になりたかったんですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/18

ガルボとマタ・ハリ

今日は「スウェーデンのスフィンクス」と謳われた女優グレタ・ガルボの
生まれた日です。
貧しい家庭に生まれたガルボですが、その美貌で21歳の時にハリウッドに
入り、伝説的な成功を収め大スターになりました。
朱雀はガルボとマレーネ・ディートリッヒの永遠の美しさに魅せられた
一人ですが、どちらも老後の老いた姿を晒すことなく、美しさだけを
人の心に残して逝きました。朱雀は二人の美に対するその執着ぶりが
凄く好きです。

そしてガルボが演じた人物に、もう一人美しい人がいました。

最も有名な女スパイとして、悲劇的な死を遂げたマタ・ハリです。
オランダの実業家の娘として生まれたマルガレータ・ゲルトルーダ・
ツェレは父親は放蕩の末、破産、母親は14歳の時に死に、困窮の中で
弟の世話に明け暮れます。
「当方、陸軍将校。良家の子女との結婚を求む」という、ある将校の友人が
出した悪戯広告に応募したことから、18歳のマルガレータは39歳の陸軍
大尉マクラウドと結婚します。息子を産んだ後、夫が東インド諸島に
配属され一家で移住し、そこで、ジャワの宗教的なダンスに魅せられ
踊りを習得します。
娘も産みますが、夫が父と同じ放蕩者で酒や女に溺れ、挙句にはメイドを
強姦し、それに怒ったメイドの恋人に息子を毒殺されてしまいます。
26歳で離婚し、オランダに戻りますが、その後、パリに出て一時は売春
婦に身を落とすものの、28歳で踊り子としてムーラン劇場でのデビューに
成功するのですが、この時、本名や経歴を伏せ、南インド生まれのシヴァ
神殿付き踊り子マタ・ハリと称してデビューします。
マタ・ハリはマレー語で太陽、又は暁の目を意味します。
マタ・ハリは美貌と官能的な肢体、エキゾチックな踊りで一世を風靡し
パリ社交界の花形となりますが、常連客である貴族や軍人達の愛人と
なり、派手な浪費生活を繰り広げた彼女に、第一次世界大戦の勃発で
ドイツ軍が目をつけ、マタ・ハリは諜報員H-21として大活躍したと
いわれています。
41歳の時に逮捕され、僅か2日後に銃殺刑となります。
マタ・ハリはフランスの二重スパイだった、という説もありますが、彼女が
スパイだったという証拠はありません。

ガルボ、ディートリッヒ、マタ・ハリ、この美しい人たちは幸福な結婚
生活というものには皆、無縁でした。
美しすぎて、神にまで嫉妬されていたのでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/17

古代中国の星座

昨日、古代中国の星座の話をチラッと書きましたが、今日はもう少し
詳しく取り上げてみます。

現在、一般的に用いられている星座は、古代バビロニア・メソポタミア
地方で発祥し、その後ヨーロッパの神話と関連付けられて発達したもの
がほとんどですが、古代中国には、中国独自の星座がありました。

古代中国では星座のことを星宿といい、その星座の最も大きな特徴は
星座で国家体系を形成していたことです。
北極星を「天帝」の座とし、それを中心に宮殿や官庁、役人などの高貴
な事物をあてはめ、北極星から離れるに従い、庶民の住宅や市場など
身分の低い存在があてはめられています。
また、西洋の星座が88個であるのに対し中国の星座は約300個もあり
ました。

古代中国では、天体の様子を観測する事で様々な物事を占い、それが
当時の天文学でした。
これらの星座はその天文学に利用される為に取り決められた結果です。

星座はそれぞれグループ分けがされ、昨日も書きましたが、まず、中官
と外官に分れ、中官は紫微垣、太微垣、天市垣に、外官は二十八宿で
ある東方七星、北方七星、西方七星、南方七星と、その周囲の星座に
分れます。

紫微垣は、北極星を皇帝の玉座に見立て、大ぐま座やりゅう座など北側
の星座が当てはまり、それぞれが警護の兵士や、皇后女官等を表して
います。

太微垣は、現在の獅子座・乙女座・かみのけ座一帯で、政府の組織や
配置を表しています。

天市垣は、現在のヘルクレス座・蛇使い座・わし座のあたりに該当し、
経済の中心である市場が表されていました。
さらに天市垣は「東蕃(とうはん)」と「西蕃(せいはん)」の2区画に分れ
それぞれの星に、中国内部の地域の名前がつけられていました。

二十八宿は7月20日の日記「朱雀の話」で取り上げていますので、ここ
では省きます。

石氏星経という星座表には、上記の3垣、28宿、277星宿に2933個
の恒星が含まれているのですが、面白いことに牢獄やトイレの星座まで
あるんですよ。
ギリシャ神話ではオリオン座の足元にあるウサギ座は、荒々しいオリ
オンの心を静めるためゼウスが天に上げたウサギと言われているのに
中国ではトイレですよ!オマケにウンチまで・・・(笑)
これじゃあ、星空を見上げて「あの星は、まるで君のようだね。」
なんてウッカリ言えませんね。男性の皆さん気をつけましょう☆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/16

秋の口

POEMに詩「秋の口」を置きました。解説を兼ねて関連する話など。

とてもかくても 手裡にあるのは何首烏玉

時は戻しも伸ばせもできず 夢想の中で揺れ動く

何首烏玉は、タデ科のツルドクダミの根塊で、漢方薬として強壮や
白髪の薬として有名です。
中国に何首烏玉の民話があります。
何田児(かでんじ)は病弱で、58歳になっても独身でした。ある日
何田児は山で、蔓を見つけそれを持ち帰ると、その夜、夢の中に
仙人が現れ、それを食べるように告げます。
何田児が根を粉にし、毎日飲み続けると、身体は丈夫になり、頭髪
も黒くなりました。その後、何田児は妻を娶り、息子も生まれ160
歳まで生きます。何田児の孫は130歳になっても黒髪だったので
「何首烏」と呼ばれました。何は姓、首は頭、烏は黒を意味します。
そして、植物にその名が付きました。

そんな言い伝えはあっても、所詮はただの薬、時を戻したり、定め
の時を伸ばすことなど出来ないので、せめて夢の中に閉じ込めて
揺れるのを見ています。

覗く紫微垣 碇星

沁みる夜気を横豎に見立て

秋にひとり 思い戯る

古代中国には283の星座があり、それを大きく分けて28宿と
その周辺の星座が属する『外官』と、北極星を中心に北側の
星座が属する『中官』と、いうのがあります。
中官はさらに『紫微垣』『太微垣』『天市垣』に分かれます。
紫微垣は小熊座を中心とし、北極を囲んだ170余の星から成って
います。また、紫微垣は三垣の中央に位置することから、天帝の
星座を象徴するようになり、天帝の住む場所を「紫宮」と呼ぶ
ようになります。紫禁城はここから名前が付きました。

碇星はカシオペア座の別名で、ギリシャ神話に秋の星座が勢揃いの
話があります。
エチオピアの器量自慢の王妃カシオペアが、うっかり自分の美貌を
鼻にかけ、海の妖精の怒りを買い、娘のアンドロメダを生贄に捧げる
羽目となり、ペガサスに乗って現れたペルセウスが海魔ティアマトに
食べられる寸前に助けたというものです。

雨が上がり、雲の切れ間から覗く星に古人が綴った物語を思い浮かべ
ながら、今この時の空を見上げる。
夜の冷えた空気に触れ、少しは昼の雑念を払い清明な心でいられる
ようで、時間と空間も少し広がったような気がします。
こんなに秋が一杯の夜は、せっかくですから心を許して戯れましょう。
という詩でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/15

月と地球は・・・

1989年の今日、アメリカの科学チームが、アポロ11号が採取した月の
石の分析結果を発表し、月は地球から分裂したという説を否定しました。

月の起源には分裂説、兄弟説、捕獲説、衝突放出説・巨大衝突説などが
あります。
1879年に、天文学者で数学者のジョージ・ダーウィン(進化論のダーウィン
の息子)が、高速度で自転していた原始地球から、遠心力により地球の
一部がちぎれて月が出来たとする「分裂説」を提唱しました。
その後、「兄弟説」と「捕獲説」が登場します。
兄弟説は、月はまだ小さな内から原始地球の周りを公転していて、地球と
共に成長したとする説で、捕獲説は、月は地球と無関係な場所で誕生し
その後、地球の重力に捕まったとする説です。

アポロ11号が持ち帰った月の石を分析した結果、誕生直後の月は高温
状態で、表層から少なくとも数百キロの深さまでドロドロに溶けていたことが
明らかになり、月には金属核がないか、あっても小さいことが判明しました。
そして、これらのことを兄弟説や捕獲説で説明することは難しく、兄弟説と
捕獲説は否定されました。

分裂説では月の特徴を説明する事はできるのですが、高温の原始地球の
表層がちぎれるには、地球は1時間に1回転という猛スピードで自転した
上に分裂後に自転を緩めるという、とても不自然な過程を新たに仮定しなく
てはならず、こちらも否定されました。

そして、現在では地球が誕生した直後、地球に火星位の大きさの巨大天体
が衝突し両方から物質が飛び散り、月を作る元になったという「衝突放出説・
巨大衝突説」が、月の起源説の標準理論として定着しています。
この理論は、スーパーコンピュータによる衝突のシミュレーションなどにより
証明されています。最新の結果では衝突により飛び散った破片が衝突合体を
くり返して月に成長するまでに、一ヶ月程度の時間しか掛からなかった事も
解っています。

また、月は月と地球の間に働く潮汐作用が関係して、毎年、3.8cmずつ地球
から遠ざかっています。
これを初めて知った時、朱雀は、何だか月に見放されたような気がして、
もの凄くショックでした。

Poemにある「漂流」はその時に書いた詩で、書いたのは多分19歳位だった
と思います。
そして、同じ主題で今年書いたのが「月輪譚」です。
どちらも、なんだかなぁって言う詩ですね。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/14

十字架称賛の日

今日は十字架称賛の日です。これは320年頃、ゴルゴダの丘でキリストが
磔にされた十字架を聖ヘレナが発見したのを記念したものです。

十字架の起源は旧石器時代に遡り、太陽や地水火風という4元素などを
表わしているのだそうです。
そして、古代ローマやユダヤでは十字架は人々が忌み嫌うものでした。
十字架は死刑の道具で、ユダヤの処刑で最も呪われた残酷な死刑が十字架
でした。
そして、十字架の形も、縦棒だけの物、T字型、X字型の物などがあります。
現在の十字架はラテン型と呼ばれ、ローマ帝国時代に用いられたもので
イエスは、この十字架に磔されたとされています。
イエスが磔にされた後、十字架はキリスト教のシンボルとなり、教徒が
尊敬・名誉・贖罪・犠牲・苦難の表象や装飾として用いるようになり
ました。
4世紀にローマがキリスト教を公認宗教に定め、十字架刑が廃止となった
ことから、勝利のシンボルとして掲げられ、その後、国旗や王冠、騎士団の
紋章などにも用いられるようになりました。

またカトリック教会ではイエスの磔像がついた十字架を用い、プロテス
タント教会では像のつかない十字架を掲げます。

今は教徒でなくてもアクセサリーとして十字架を身に付けたりしますが、
キリスト教と言うのは、実にコマーシャリズムが徹底しているなぁと
朱雀は思ってしまうのです。

たとえばスポーツの大会などで、よく十字架にキスしたり十字をきったり
している人がいますよね。
あれって、見ていて動きがキレイじゃないですか。
競技の前に仏教徒が、数珠を回しながら般若心経を唱えているのなんて
見た事ないですし、もしやっていたら不気味です。(笑)

言葉の違う国や、まだ文明の進んでいない国を侵略し支配下に置く時、
宗教を改宗させるのは常套手段ですが、その宗教に付随する小道具や
祈り方が簡単で美しいって、かなりポイント高いと思うんです。
今もファッションとして取り入れたくなる位ですから、そう言う所から
信仰にも入って行きやすいですよね。
そう言えば、中学や高校で毎年、希望者に聖書が教会から配られたり
していましたし、そう言う戦略も実にスマートです。
バス停にビニールの袋に入って吊るされている新興宗教の勧誘パンフ
レットとは随分違いますね。(笑)
関係ないですが、朱雀は十字架を身につけた吸血鬼と言うのが色っぽくて
好きです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/13

『花物語・桔梗』

今日9月13日の誕生花に桔梗がありました。

そこで、今日は久しぶりに花物語を。
中国の民話です。
昔、仲のよい夫婦がいましたが、結婚後まもなく夫は遠方へ商いに
出掛け、3年後に夫が家に帰ると、妻の姿はなく母親は「不治の病に
かかったのでアヒル小屋に住まわせている。」と言います。
そこで夫は妻とアヒル小屋で暮します。

春になり米が手に入らなくなると、二人は田の畦(あぜ)に生えている
野草を根ごと食べました。
すると初夏の頃には妻の病気はすっかりよくなり、妻の病気を診た医者は
驚いてその野草を生薬に加えました。
この野草が「吉」という姓の家の、田の畦で採れたことから「吉」と
畦を意味する字(土偏+更)を充てた名前を野草につけます。
それを、後に「吉」の字に木偏を添え、畦を表す字の土偏を木偏に改め
「桔梗」と名付けられました。
桔梗は現在も、漢方薬として咳止め、痰切りに用いられています。

別名を白薬、梗草と言い、名前の由来にもう一つ、根が結で、梗直で
あることから桔梗(キチコウ)と命名され、後にキキョウと転訛したと
言うのもあります。

また食用もあり、桔梗根は朝鮮では漬物として好まれています。
朝鮮民謡「トラジ」のトラジは桔梗のことで、収穫時の労働歌だそうです。
このトラジは中国と韓国で同じような民話があります。

中国では、徴兵で10年間家を離れていた妻の元へ戻った時、妻が他の男に
酒を注いでいるのを見た夫が、その男と結婚したと勘違いし、身を引き
山へと向かいます。それを追った妻が、自分の潔白を示す為、木に頭を
打ちつけて死んでしまいます。誤解に気付いた夫も岩に頭を打ちつけ
死にます。
そして二人の墓の上に藍と白の桔梗が咲いたと言うものです。

韓国では、中国に勉強に行った恋人を10年間待ち続けますが、恋人は
戻らず、恋人を忘れられない娘が山神に、恋人の事を思い出すことが
あったら罰を与えて下さいと祈ります。
ある日海を見ていると恋人の幻が現れ、自分を待つのは止め幸せに
なって欲しいと言います。
娘が泣いていると、山神が現れ、娘は一目でいいから恋人に会わせて
欲しいと頼みますが、山神は「お前はこれからずっと死ぬなず、年も
取らず待ち続けるがいい!」と叱りつけ、娘を桔梗の花に変えてしまい
ました。
何れにしても悲しい恋のお話ですね。
花言葉は変わらぬ愛・誠実だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/12

ラスコー洞窟→バタイユ(再び)→ホイジンガ

今日は、南フランスで旧石器時代の壁画遺跡『ラスコー洞窟』が発見
された日です。
ラスコー洞窟の壁画は、1万6500年前にクロマニヨン人によって
描かれたとされており、牛や馬などが描かれています。

最近この壁画に、「夏の大三角」と思われる3つの星と、おうし座の
プレアデス星団(すばる)と思われる星が描かれているのが発見され
ました。
一説には、壁画に描かれている牛の目、鳥人間、棒の上の鳥が、
それぞれべガ、デネブ、アルタイルを意味しているとする説もあります。
また、槍に貫かれて血を流す牛の絵は、犠牲の野牛と死人の葬儀の
風景とする説や、トランス状態の呪術使とシャーマンの杖を表している
など様々な見方がされています。

そして、このラスコーの壁画について、バタイユが「ラスコー、または
芸術の誕生」という本を書いています。
この本で、先史時代のラスコー人たちが、禁止の侵犯を通じて、遊び、
すなわち芸術そして宗教をつくり出していった過程を綴っています。
また、ラスコー人について、ホイジンガの「ホモ・ルーデンス(遊びの人間)」
と言う呼び名が一番的を射ていると主張しており、ラスコーの壁画は
人類最初の蕩尽の痕跡であり、それ自体を目的とする行為であると
書かれています。

そして、死の恐怖に囚われていた先史時代の人間が狩りで仕留めた
動物の絵を描くのは、死を飼いならすという不可能な企てに挑んだ
痕跡であるとし、自らの不可能な企てである歴史の記述をする事で
バタイユ自身が書いた事と自分で生きた事を重ね合わせようとしていた
ようです。

バタイユが引用しているホイジンガは、オランダの歴史学者で、その著書
『ホモ・ルーデンス』で遊びの本質とその表現形態を考察し、膨大な歴史
上の事象を例に取り、遊びは文化を生み、これを支えるものであると
いう結論を導いています。
松岡正剛さん曰く、かつて誰も、遊びと神聖、遊びと神話、遊びと神々を
結びつけようとはしなかった。
ホイジンガは、遊びの中に神の遊びの残響を発見した最初の人でも
あったと、仰ってます。

遥か昔の新人クロマニヨン人が、ただの落書きで描いたかも知れない
絵に、時を越えそこに自分の意義を見出そうと、しているのが何とも
いとおしいと言うかこんな拡がりが、朱雀は、とにかく好きなんです。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/11

月に惹かれたわけ

夜の帳が降りる頃 枳棘(ききょく)の雲さえ居なければ
盈盈たる艶を湛え 火夏星を引き連れた 夜渡る仙娥に出会えましょう

と、言うわけで今日は中秋の名月です。
月に恋焦がれている朱雀ですが、さて、いつの頃からこんなに月が好き
だったんだろうと考えてみました。

すると、一つの歌が浮んできました。童謡『月の沙漠』です。
多分、5才位だったと思います。歌と一緒に、満月の下の砂漠に駱駝に
乗った白い服の王子様とお姫様がいる絵を見て、もの凄く心引かれた
のを覚えています。
アラビア風の民族衣装や駱駝に砂漠と初めて見る物ばかりで、強烈な
インパクトがあったんですね。そして空には丸い月。
月は勿論、知っていましたが、砂漠の上で輝く月はいつも自分が見ている
月とはとても同じとは思えず、砂漠の上には別の月があるのだと随分
長い間信じていました。
そして、いつか砂漠の月を見たいなぁと思ったのが、月に惹かれた
一番最初だったと思います。

その『月の沙漠』ですが、あれって実は千葉県の御宿の砂丘のこと
なんですよね。後で知って結構ショックでした。(笑)
でも、大正時代に書かれたこの詩は、どこか切なく、本当の砂漠の
暑苦しさや猛々しさは感じられず、あくまでも幻想的に冴えた空気の中
凛と輝く月やサラサラの砂が静かに広がっているような気配がして
やっぱり好きです。

それから『月の沙漠』は月にある砂漠ではなく、月の光が強調されて
いる砂漠という事も後になって知りました。(笑)
そして今は砂漠と書かれていますが、この歌が発表された時は沙漠の字が
充てられていました。
駱駝と共に漢字の偏を揃えてあるのだそうです。
また、王子様とお姫様に合わせ、対になるものが沢山でてきます。
もの凄くロマンチックな詩ですよね。
今夜は満月を見ながら沙漠を旅する王子様とお姫様の夢でも見ましょ。

『月の沙漠』

月の沙漠をはるばると
旅の駱駝がゆきました
金と銀との鞍置いて
二つならんでゆきました

金の鞍には銀の甕
銀の鞍には金の甕
二つの甕はそれぞれに
紐で結んでありました

さきの鞍には王子様
あとの鞍にはお姫様
乗った二人はおそろいの
白い上着を着てました

曠い沙漠をひとすじに
二人はどこへゆくのでしょう
朧にけぶる月の夜を
対の駱駝はとぼとぼと

砂丘を越えてゆきました
黙って越えてゆきました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/10

『ラシャーヌ!』

昨日の日記で、9月9日がバタイユの誕生日と書きましたが、今日10日の
間違いでした。一日間違えました。スミマセン!

またバタイユで書く訳にもいかず、ネタ探しに新聞を眺めていると
コミック本の広告が載っていて、そこに魔夜峰央の名前を見つけました。
魔夜峰央といえば、あの有名な漫画『パタリロ!』の作者なのですが
朱雀は『ラシャーヌ!』という作品が大好きでした。

この作品は、たまにパタリロとリンクしていて、魔夜峰央のファンは
大抵、両方読んでいたのですが、どちらも少女漫画としては、破壊的で
かなりユニークなお話でした。

主人公はインドの美少年ラシャーヌ。実業家の息子で、6月6日の午前
6時生まれの16歳。
もの凄い美少年のくせに破壊的な性格で、いつも叔父や父など周囲の
人々をおちょくっては楽しんでいます。
また、拳法の達人で、頭がよくて口も達者。
面倒くさがりのわりには他人をコケにするためなら、重労働の仕込みすら
いとわない筋金入りで、思い込みが激しく惚れっぽいラシャーヌが、
毎回誰かに恋をして事件に巻き込まれます。
好きな人の為に事件を解決すると、相手はいつの間にか他の人と結ばれ
失恋するという、お決まりのパターンが繰り返されるコメディー漫画
なのですが、いつもすました顔で何があっても表情を崩さないラシャーヌが
最後に振られて「あーい!」と叫ぶのが、朱雀のツボでした。

魔夜峰央の漫画にしては珍しくラシャーヌは女の子にも恋をするのですが
中国憲法の達人である美形の叔父様とのロマンスもあったり、今でこそ
同人誌などでそう言う設定は、珍しくもないのですが、大手商業誌に
連載されているものとして、当時としてはかなり大胆な設定でした。
そういえば、パタリロがTV放映された時は、PTAからかなり苦情が
殺到していましたよね。
なんせ美少年キラーのバンコラン少佐ですから・・・(笑)

朱雀は途中までしか読んでいないのですが、いつの間にかラシャーヌも
23歳になり、結婚をして一児の父親になってはいるものの、浮気を
繰り返しているのだそうです。
なんか意外でした。叔父さんとくっつくんじゃなかったのね。(笑)

最近あまり漫画も読まなくなったのですが、魔夜峰央の名前を見つけて
なんだか凄く懐かしかったので、今日は漫画のお話でした。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2003/09/09

バタイユの生まれた日

今日はフランスの思想家であり小説家でもある、ジョルジュ・バタイユの
生まれた日です。

バタイユは「死」と「エロス」に集約される小説、詩、評論、哲学などの
分野に渡る反社会的な思想から、ニーチェの後継者ともいわれています。

バタイユが生まれた時、父親は梅毒を患い全盲で、半身不髄でした。
17歳のバタイユは敬虔なカトリック教徒になるのですが、27歳の時に
すっかり信仰を捨てます。
青年バタイユは古文書学校に在籍し、パリ国立図書館の司書でもある
書物フェチでした。けれどもそのころ耽読したのはニーチェとフロイト
でした。
バタイユは気の早いシュールレアリストで、ブルトン批判者でもあり
ましたが同時に、精神分析医の手にかかっていた分裂者でもありました。
このように相反する符牒がこれほど僕を引き寄せ、僕を遠ざけた思想者は
いなかった、と朱雀の敬愛する松岡正剛さんが仰る、バタイユの小説に
醜悪で悲惨な父親を描いた『眼球譚』があります。

この小説は、一言で言えば「エログロ」小説なのですが、最後の章「回想」
を読むと、バタイユほどではないにしろ、誰もが幼い頃に強く心に残る
ようなものを目にすると、そこから陰鬱な妄想を拡げ密かにそのおぞましい
世界にウットリと浸るような一面があるような気がします。
バタイユの場合は、盲目で半身不随の父親が自分の目の前で排泄行為を
行い、その際、父親の瞳が物狂おしい表情を浮かべた事が心に焼き付き
それが様々なイメージと結び付いて、この小説の根底に漂います。

朱雀は子供の頃よく転んでは怪我をして、膝に傷跡が残っていたの
ですが、いつもそれを尖ったハサミで、深く抉る妄想に取り付かれて
いました。血が噴出し肉が抉れる感覚が、もの凄く気持ち良いものに
思えて仕方なかったんです。
実際に傷跡を傷つけると、それは確かに痛いのですが、それ以上に
なんだかふわふわした不思議な感覚があって、でもそれを誰かに言っては
絶対にいけない様な気がしていました。

こう言う「湿った快感」とでも言うものは、多かれ少なかれ誰の中にも
あるでしょうし、朱雀はそう言うものが潜んでいる小説や絵、詩、人形
などがとにかく好きです。

そして、Novelのページにいつまでも小説をUPしない理由も此処にあります。
心に潜む湿った快楽が根底にある小説なので、どこか躊躇してしま
うんですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/08

雷→飛梅→マラルメ?

今日も暑い一日でしたが、久しぶりの夕立で少しは涼しくなったような
気が・・・
結構、激しい雷が鳴っていて、先日新聞で読んだ「くわばら、くわばら」
という言葉の由来を思い出しました。

「くわばら、くわばら」というのは、落雷を防ぐ呪文なのですが、その元に
なった話のひとつに菅原道真の話があります。
道真は藤原氏の陰謀で京都から九州の大宰府へ追い払われ、藤原氏を
怨みながら亡くなります。道真の死後、藤原一族は次々と謎の死を遂げた
と言われるほど、その恨みは凄まじく、御所では雷が落ちる度、道真が
雷となり復讐しているのだと噂しあうほどでした。
そこで、人々は藤原氏の巻き添えで雷に当たらないように「ここは道真様
の領地です。雷を落さないで下さい。」と言う意味から領地名「桑原」を
唱えたと言うのです。

また別に、桑原という人が落ちてきた雷様を助けたと言うのもあります。
助けられた雷様が「おまえの子孫の住む場所には雷を落さない」と
約束をしたので、雷様に桑原さんの子孫だと知らせる為に、唱えるのだ
そうです。(笑)

で、菅原道真といえば、朱雀は『飛梅』の話が好きです。

道真は5歳の頃に庭に咲く梅の歌を詠むほど、梅を愛していました。
そして、太宰府へ左遷され京の都を去る時、屋敷の庭の梅の木に
別れを惜しみ、あの有名な歌を詠みます。

『東風吹かば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ』

そして、その梅が道真を慕って大宰府まで一晩で飛んで行き、そこに
根を下ろしたという話です。
また、白太夫という人が、道真を慕い大宰府に下る折、道真の屋敷の
梅を根分けして持ってきたのを、道真が伏せ、梅が飛んで来た事にした
とも言われています。

愛しい主人を追いかけて花が飛んで来るなんて、心の中がポッと暖かく
なるような素敵な話ですよね。

そう言えば、今日は朱雀の好きな、花の隠喩を好んだ詩人マラルメの
命日でもあります。
マラルメは19世紀のフランスの詩人で、ボードレールの影響を受け
英語教師をしながら詩作に励み、一冊の書に宇宙を閉じ込める緻密な
思考を重ねる詩人といわれるほど、象徴主義を代表する詩人です。

朱雀は今、竹の花の詩を書きたくて、竹について調べているのですが
マラルメの詩や「飛梅」のように花に命が宿るような詩を書きたいなぁ
なんて図々しい事を思っています。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/06

読書の一日

気が付けば、もう夜の9時!
いかん、はやく日記を書かねば、グズグズしていると日付が変わって
しまう!
今日一日、一体何をしていたかといいますと、今朝の新聞でインター
ネット電子図書館の『青空文庫』が紹介されていたのを読んで、早速
覗きに行ったのですが、そこに朱雀の好きな夢野久作の作品が83作品も
公開されていたので、つい夢中になって読んでいました。(笑)
あと、太宰治や寺田寅彦なんかも結構あって、暫らく楽しめそうです☆

この『青空文庫』は著作権の消滅した作品と、「自由に読んでもらって
かまわない」とされたものを、無料で公開しているのですが、海外の
作家の作品は余りないので、ちょっと淋しいのですが、無料で読めるのが
何とも嬉しいですね。
アドレスはこちらです。↓興味のある人は、どうぞ。
『青空文庫』http://www.aozora.gr.jp/

朱雀の住んでいる所は、9月に入ってから連日35℃に近い気温が続き、
本当に毎日暑くて嫌になってしまうのですが、涼しい部屋で好きな本を
ゆっくり読むのって、なんだか凄い贅沢をしているような気がします。
今読んでいる作品が、あと少しで終わりそうなので、今日の日記は
これで終了!
今日は、とことん贅沢を満喫させてもらいます。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/05

太陽王と仮面の男

今日は太陽王と呼ばれた、フランスのブルボン朝絶対王政を代表する
国王ルイ14世が生まれた日です。
ルイ14世といえば、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『仮面の男』
では、双子の弟がいて後にすり替えられたとされていますが、この
映画はデュマ・ペールの小説「三銃士」の続編「ブラジュロンヌ子爵」
を元に製作されています。

現実には、仮面をつけたままバスティーユ牢獄の地下牢で幽閉されて
いた王にそっくりの男はいたのですが、双子だったかどうかはハッキリ
していません。
そして、被っていた物も鉄仮面ではなくビロードの布だったようです。
また、映画とは違い牢獄での幽閉は王侯貴族並の扱いだったそうです。

なぜ、殺さずに幽閉していたのかについては、仮面の男が王の双子と
する説では、当時は双子の一人が死ぬと、もう一人も死んでしまうと
いう迷信が信じられていた為とされ、もう一つ、王の母アンヌ・ドー
トリッシュと、宰相マザランの私生児とする説では、母王妃が我が子を
殺すのがしのびなかった為とされています。

王はこの事実を長い間知らず、また知ったあとも幽閉を解く事はなく
仮面の男は生涯、牢獄で暮らし、1703年に亡くなっています。

また仮面の男は、幽閉を受け入れ、騒ぐこともなく温厚な人物だった
ようです。

そしてそんな仮面の男の生活に朱雀はとっても憧れてしまいます。(笑)
外に出られない不便さはあっても、欲しいものは何でも手に入り
全ての時間を自分の好きなことだけに費やす事が出来るなんて夢の
ようです。
勿論、外で様々な人や物に出会うのも楽しいのですが、デカダン思想の
朱雀には、仮面の男の暮らしが素晴らしいものに思えて仕方ありません。

ですから、バイエルンの狂王ルードヴィヒⅡ世の暮らしぶりは本当に
理想なんです。
自分の為にワーグナーに作曲をさせ、気に入った俳優を城に閉じ込め
その為に作った人口洞窟で毎日演じさせるなんて、普通では絶対出来
ません!
自己満足の為だけの城を次々と建て、いくら小国とはいえ、国の財政を
傾けるまで好き勝手出来るなんて羨まし過ぎます!

でも神様はお見通しで、もし朱雀が金持ちの家に生まれていたら自堕落
な生活に浸ることが確実なので、生活の為に自分で働かなくてはなら
ない境遇に置いて下さいました。(笑)
でも皆さん、それってエコヒイキがすぎると思いません?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/04

『10000HIT感謝プレゼント企画』のお知らせ。

サイトのアクセス数が10000件を超えました。
これも、皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

まだHPを作る前、せっかくHPを開いたのに嫌がらせや中傷に疲れた
ので止めます、という例を何件か見たことがあって、HPを公開する事が
本当はとっても怖かったんです。
でも、実際には素晴らしい出会いは沢山ありましたが、心が痛むような
事は全くと言っていいほどなく、今は始めてよかったと、心から思って
います。

そして、このHPも一度見て、なんだつまらないと、二度と見て下さら
ない方も沢山いると思うのですが、中には何度も通って下さる方も
いらして、その方達には、本当に感謝しています。
皆さん、ありがとうございます。

そこで今回、10000HITという切りのいい数をひとつの節目とし、朱雀
から皆さんへ感謝の気持ちを込めて、プレゼントを企画をしました。

イロイロと考えたのですが、朱雀にできる事といったらヘボい絵と、
独りよがりな言の葉綴りしかありませんので、結局、大した事は出来
ないのですが、それでも精一杯、感謝の気持ちを伝えたくて10000HITの
メモリアルカードを作る事にしました。
先日まで配布していた暑中見舞いカードと、同じ?と思われる方もいる
でしょうが、今回はちょっと一工夫してみました。(笑)

Galleryに『Tiny Flier』というイラストが置いてあるのですが、その
フェアリー達を使って、メモリアル・カードを作成し、希望して下さる方
全員にお贈りします。
選んで頂くフェアリーは8種類で、最大3つまで選んでいただけます。
それを、メールでお知らせ頂くようになるのですが、選んで頂いた
フェアリーで、お一人ずつ、名前入りのオリジナル・カードを作ります。

TOPページにその企画の入り口を作っていますので、お時間のある方は
是非そちらを覗いて見て下さいね。

元は、キリリクで、はんけさんが「アプレットで動かすための妖精の
透過GIF画像」と言うのをリクエストして下さって、それを作っている
うちに、これを使ってイラストを描こうと思い立ち、更にイラストを
描いている途中、何か他にもこのフェアリー達を使えないかなぁと、
妄想が広がって今回の企画まで辿り着きました。
はんけさん、妄想を描き立てるリクエストをありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/02

Pixia倶楽部の『時祭り』

いつもお世話になっているPixia倶楽部で開催されていた『時祭り』も
最後の最後まで盛り上がって一昨日終了しました。
朱雀も、図々しさだけは人一倍なので、3つもイラストを投稿させて
頂きました。そのうち2つは思いっきりのこじ付けで・・・スミマセン!

で、毎回そうなのですが、それはもう素晴らしい作品が沢山あって
あちらこちらに創作心をくすぐるイラストが・・・
そんな訳で、素晴らしいイラストを眺めて、勝手に詠んだ歌や詩が
幾つかありましたので、こちらにちょっとまとめておきます。

 夏空に 桃花舞い散る 朱鷺の群れ


 思い出を フワリと攫う 夏の風


 竹の節(よ)に こそと陰ろう 密事(ひそかごと)
            
       月花に照り合う 幽姿に浮ぶ



 『振り下ろされた鎌の先には 露の世さえも掛け留まらず

  紡ぐ琴心 横豎(おうじゅ)に滑り 握る把持(はじ)も薄れゆく

  ただ残された一弦に 仕舞を斎(いわ)い 爪弾かん』


どのイラストを見て朱雀がその歌や詩を詠んだのか、興味の
ある方はPixia倶楽部の祭り絵を覗いて見てください。
Presentのページに暑中見舞い画を飾らせて頂いている絵師様
たちの作品も勢揃いしていますので、是非どうぞ。

アドレス:http://dreamcg.com/pixia/index.html

今回のお祭りは作品数がすごく多かったんですよ。なんと67作品も!
テーマが『時』という事で、それぞれ時に関する絵を描くのですが
一番多かったのがやはりというか「不思議の国のアリス」でした。
あとは、魔導師とか時空を越えたもう一人の自分とか、タイムマシーン
とか・・・
絵の中には一番時計が多く描かれていたのですが、皆さん金属質
の時計を見事に描かれていて、メカ系が描けない朱雀は溜息ばかり
でした。(笑)
でね、個性的な皆さんの作品を眺めていると、朱雀が如何にPixiaの
機能を使いこなせていないかを、思い知らされて、結構へこみました。(笑)
でも、図々しさだけは人一倍なので、この次の祭りにもまた参加しよ
うと思っています。
今日の日記は、祭の余韻がまだ冷めやらぬ朱雀の、『時祭り』レポート
でした。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/09/01

二百二十日と秋の気配

早いもので、今日から9月です。
そして、今日9月1日は、雑節の一つ『二百十日』です。立春から数えて
210日目のこの日は毎年周期的に台風が襲来する時期で、同時に稲の
開花期にもあたります。
「二百十日の別れ水」と言って、水田から水を落とし、稲刈りの準備に
入るこの時期の台風は、一番厄介もので、八朔や二百二十日と共に
農家の三大厄日とされ、処暑、二百二十日と共に台風襲来の特異日
でもあります。

そして、二百十日から二百二十日頃に吹く秋の強風を『野分』と呼びます。
野分は野の草を分けて吹きすさぶ風ということから名付けられたもので
台風を含むこの時期の強風の一般的な呼び名ですが、現在では雨を伴
わない強風に限って呼ぶことが多いそうです。

風は、一番季節を感じさせてくれて、以前、朱雀が住んでいた所は
とにかく年中風が強かったのですが、いつもその風に季節が変わった
事を教えて貰いました。

丁度今頃は、まだまだ日中の茹だるような暑さの所為で、生ぬるい風を
運んでくるのですが、日暮れ時になると、急に風が止み、すっかり日が
落ちてしまうと、随分と涼しい風がまた吹いてきます。
ツクツクボウシの鳴き声と入れ替わるように、コオロギが鳴き始め
煩かった昼間から、今度は段々と夜が賑やかになってくるんですよね。

そして、もう少し季節が進むと、タヌキ一家が現れるようになります。
親ダヌキの後に子ダヌキが行儀よく並んで歩いて行くんですよ。

朱雀の住んでいた所はかなり標高が高くて、天体観測にはもってこい
なんです。それで、よく天体マニアの人がマンションの敷地内で大きな
望遠鏡で星空を眺めていたりするのですが、望遠鏡を覗いている人の
後ろを、タヌキがぞろぞろと歩いていたりして、ベランダから見ていると
結構笑えました。
そして、タヌキ一家が通り過ぎてゆくと、その後に単独行動のキツネが
やって来ます。
年々、住宅開発が進んで、山の動物たちが食べ物を漁りに夜な夜な
街に下りてゆくのは、なんだかちょっと切ない感じがしたものです。

そして、その周辺一帯に熊が現れた時は、流石に大騒ぎになりました。
スーパーなどで「熊に注意」の張り紙を見た時は、ここは本当に大阪
市内まで電車で20分の所なんだろうか?と暫らく考えてしまいました。(笑)

今年は、もうそのタヌキやキツネに会えないのがちょっと残念です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2003年8月 | トップページ | 2003年10月 »