« 2003年7月 | トップページ | 2003年9月 »

2003年8月

2003/08/31

死霊の恋/ゴーチェ

今日はフランスの詩人であり幻想小説家でもある、テオフィル・ゴーチエの
生まれた日です。
ゴーチェはロマン派の詩人であり小説家でもあるネルヴァルと高校の
同窓で、最初、画家を目指していましたが、後に文学に転向しロマン
主義や写実主義の影響を受けながら作品を生み出してゆきます。

ゴーチェの小説に「死霊の恋」と言う短編小説があるのですが、近頃、
朱雀のスパイラルのキーワードは「胡蝶の夢(どちらが夢でどちらが
現実か判らない)」で、先日も映画「ジェイコブス・ラダー」を紹介
したところなのですが、今日もまたそんなお話を。

これは、老僧の回想と言う形式で書かれた、若き日の恐ろしくも美しい
恋の物語なのですが、この作品が書かれたのは十九世紀中頃で、
ドラキュラ以前の吸血鬼の話でもあります。

簡単に言ってしまうと、主人公ロミュアルドは聖職者で、昼は忠実に
その仕事を続け、夜は吸血女(死霊)であるクラリモンドと退廃的な
愛欲に溺れた二重生活をおくる話なのですが、夢と現実の境目がとても
曖昧で「胡蝶の夢」のようになっています。

ロミュアルドが聖職者として、叙品式という栄えの日に、垂れていた頭を
偶然上げた事からクラリモンドと運命の出会いをします。
悪魔とも天使とも区別のつかない人間の眼には絶対に見られない
生命力、熱気、うるんだ輝きをたたえた瞳に一瞥され、すっかり魅入
られて、夢か現実か区別がつかないまま、昼と夜の全く違う生活を続け
てゆくのですが、最後は司祭のセラピオンが、クラリモンドの墓を暴き、
クラリモンドの死で終わってしまいます。

「不幸なかた、不幸なかた、あなたはどうして愚かしい司祭の言葉に
耳を貸したのです。あなたは幸福だったのではないの?」と初めて
会った時と同じ言葉を残して消えてゆくクラリモンド。
ロミュアルドは年老いた今もなお、そのことを惜しんでいて、最後に
「あなたも、絶対に女性を見つめてはいけません。常に眼を地面に
釘付けてお歩きなさい。
なぜなら、いかに、あなたが純潔冷静であろうとも永遠を失わしめる
ためにはほんの一瞬で足りるからなのです。」という言葉で締めくく
られています。

ゴーチェの小説には唯美主義の中で、サタニズムと官能美が色濃く
現れた恐怖に人を陥れるのではない怪談が沢山あります。
摩訶不思議な余韻に浸りたい方は是非、一度読んで下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/30

美形のスポーツ選手とメタル

今フランスで行われている世界陸上は、日本人選手の活躍で盛り上がって
いますが、朱雀は、すぐれた選手の完成された動きを見るのが大好きです。
それに中にはとっても美しい人がいたりして・・・ふふふ。

陸上で言えば、ロサンゼルスオリンピックのハイジャンプで優勝した
スゥエーデンのパトリック・ショーベリーなんて大好きでした☆
ギリシャ彫刻のような整った顔に、長い金髪をなびかせてふわっと
飛び上がる姿が美しかったんですよ。
競技生活の最後の方はかなり怪我に泣かされていたようですが
いつだってクールに舞う姿は、そりゃあ、もう素敵でした!
でも、いつだったか彼の勇姿を見ようと、真夜中にずっとテレビを見て
いたことがあるのですが、散々待たせて結局、夜中の3時頃に、棄権
したことがあってバカヤローと叫んだことがあります。(笑)

そして、同じ頃活躍していた人に、もう一人スッゴイ美形が。
バレーボールの選手で、ブラジル代表のダルゾット・レイナです。
この人は本当にクールな人で、スパイクを決めても滅多に笑いません
でした。
選手としては、そんなに背が高い方ではなかったのですが、華麗に
スパイクを決めて、ちょっと乱れた前髪がなんとも・・・ウットリ☆
随分と長い間、代表チームにいて、最後はキャプテンも務めていたと
思います。

あと、もしこの人を知っている人がいたら、誰か情報下さい。
サッカーのマリオ・ケンペスが引退する時に、日本でその記念試合が
あって、そのときの対戦チームとして、アルゼンチンのウラカンという
チームが一緒に来日したのですが、そのウラカンの選手で、ニコラス・
ゴメスと言う人です。一目見て、朱雀は惚れました。(笑)
サッカーには全く興味がないので、後にも先にもその時テレビで見た
だけなんですが、いまだに名前と顔を覚えています。(笑)

そして朱雀は、メタルフリークお決まりの、格闘技好きでもあります。
その昔、金曜日はメタル小僧は早くお家に帰りたい!というのがあり
ました。

金曜日の夜は、普段テレビを見ないメタル小僧も、テレビに首っ丈に
なってしまうんです。(笑)
まず8時から、古館伊知朗がシャウトする新日本プロレスを見て、
続いて何故か必殺仕事人を見て、最後はMTVを見るんです。(笑)
最初の頃のMTVって3時間ぐらいやっていたんですよね。
メタル小僧には懐かしの、黄金時代のお話でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/29

ある事件。

昨日、池田市の児童殺傷事件を起こした宅間被告に、死刑判決が言い
渡されました。
事件当時、朱雀は悲劇の現場となった小学校の近くに住んでいました。
事件発生から何かと宅間被告の残忍さが報道されていますが、身近に
いたものとして、余計に怒りが湧いてきます。

まず、教育大学付属小学校を選んだという事について、朱雀はあの男の
狡猾さに、とにかく腹が立ちます。

あの小学校の近くには付属小学校より規模の大きい公立小学校や
共学の高校もありました。
もし、そのどちらかに乱入していたら、今回のように多数の被害者を
出さずに、取り押さえられたかもしれません。
あの男はエリートへの恨みといいながら、一番弱い所をちゃんと計算
していたのです。

近所にも付属小学校に通っている子がいました。
その子は5年生で、直接、犯行を目撃したわけではないのですが
普段は小生意気な子が事件の後、他の子供たちが、わぁ~っと
大声をあげて走ってきたりすると、ビクッと身体を竦ませて脅える
ようになりました。

あの事件の所為で、毎年開催されていた花火大会も中止になりました。
たかが花火と思われるか知れませんが、ご近所に住むおばあさんは
体が不自由なのですが、毎年、孫達に手を引かれて花火を見るのを
楽しみにしていました。
それが、追悼のため中止となり、随分と残念がっておられました。
翌年はまた行われたのですが、おばあさんは次の夏を待たずに亡く
なりました。
こうして、あの男は、直接事件に巻き込まれた人以外にも、数え切れ
ない程沢山の人を傷つけ苦しめました。

当然の事ですが、宅間被告には死刑判決が下されました。
でも、あちらこちらで、死刑廃止の声も上がっています。
冤罪であったり、法で人を殺すという事に対して死刑反対を訴えて
いるのを聞くと、その意見が間違っているとは思いません。

よく宅間被告のような人間に対して、ケダモノなどといいますが
動物でさえ自分達が食べる以外に、無駄に殺すことはないのです。
それなら宅間被告のように、動物以下で、ましてや人でもないモノに
どんな刑を与えればよいのでしょう?

人それぞれの考えがあるのでしょうが、今日も死刑反対!と叫んで
いる人に朱雀は聞いてみたいことがあります。

もしあなたの子供が、この事件の被害者であったとしてもあなたは
「死刑反対」と言う事ができますか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/28

ケイ惑(こく)

火星の大接近もいよいよピーク。そこで火星の詩をPOEMに置きました。
で、またこれがいつものように分りにくい!
雰囲気だけで読んで頂いてもいいのですが、マニア向けに濃い解説を。

タイトルの「ケイ惑」は火星の事です。ケイの漢字は朱雀のパソでは
出ませんでした。
ケイ惑には惑わすと言う意味があり、赤く不気味な色が人々の心を
惑わすという意味から付いたようです。
また、以前「朱雀の話」でもちょっと触れた事のある陰陽五行説に
基づいて、ケイ惑には「火」という名称が割り振られ、そこから火星と
呼ばれるようになりました。

『瞬ぐ星は 緋の眩惑』

これは朱雀なりに火星を表現してみました。
緋は赤色のことですが、真緋(あけ)と言うのが、色相(色味のこと)で、
冴えた赤味のオレンジ色を指し、火の色の表現にも使います。
また「思いの色」という意味も。
緋は朱雀の好きな言葉なんですよ。眩惑は幻惑と同義です。


『翠の恐懼と 真赤の恐惶

一荷を担いて 燦と燃え

千千の間で 不穏に惑う』

火星はギリシア神話の軍神アレス、ローマ神話の農業神マルスに
あたります。
そのアレスにはフォボスとデイモスという息子がいます。
火星には二つの衛星があり、衛星にはその息子の名が付けられて
います。

アレスは残忍非道で、息子達と「火」「炎」「災難」「恐怖」という名の
四頭立ての馬車で駆け回り、戦争や諍いを起こしていました。

フォボスは「怖れ」の意ですが「敗走、潰走」の意もあり、銀髪と
緑の目を持つ、美貌の青年で破壊の剣を持っています。

デイモスは「恐怖」を意味し、闇の塊で、自在に好きな姿を取れ
黒髪と赤い目の青年の姿をしています。

火星の衛星は公転周期がバラバラで、ファボスは火星の自転周期より
早く一日に3回も現れ、逆に遅いディモスは、他の星達に追い越されて
行くなどの奇妙な動きから不穏なものとされ、この二人の息子の名が
充てられています。

と言う事でこの一節は二人の息子(火星の二つの月)の事なんですね。

あと「一刹那」はきわめて短い時間の事。具体的に言うと1/75秒です。(笑)
後念はその刹那を前後に二分した、その後のほうの瞬間です。

字数制限で、ここまでしか書けませんので、あとは適当に読んで下さい。(笑)

今日、バッチリ火星を見ました!
そして、火星観測証明書を貰っちゃいました!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/27

マン・レイの生まれた日

今日は芸術家マン・レイの生まれた日です。

ユダヤ系ロシア人の子として1890年米国に生まれたマン・レイは、
1915年にマルセル・デュシャン、フランシス・ピカビアらとニューヨーク・
ダダを創始します。
その後パリに渡ったマン・レイは、デュシャンより当時の文化の革新者
であったピカソ、サティ、ブルトン、コクトーらに紹介され、彼自身も
ダダイズムの一員として活躍し、その後シュールリアリズムの主要な
アーティストとなります。

マン・レイは絵画、版画、デッサン、映画、彫刻、コラージュなど広い
メディアを駆使した作品を製作していますが、最も独創的なのが
写真作品です。

『モンパルナスのキキ』をモデルにした「アングルのヴァイオリン」は
特に有名で、ご覧になった方も多いと思います。

パリの芸術家たちが集まる場所として今も観光名所になっているモン
マルトルは、19世紀末にはバーやキャバレーが幅をきかせはじめ、
売春や軽犯罪に結び付く町になり、当時、芸術家たちはモンパルナス
に移り住んでいました。
フランス政府はモンパルナスを特別に扱い、モンパルナスには自由と
実験があらゆる面に浸透し、全ての面で自己を実現する自由があり
ました。

そのモンパルナスの女王として君臨しつづけた『キキ』を有名にしたのは
まぎれもなくマン・レイの幻想味に富んだ写真であったといわれています。
二人は同棲し、キキが出かけるときにはマン・レイがメークアップと
スタイリングに2時間もかけ、マン・レイはキキに魔法をかけつづけた
魔術師だったといわれています。

マン・レイの作品はアート写真市場でも人気が高く、最近では2000年の
春、ササビースで彼の作品が約3000万円で落札されています。

朱雀は、ダダイズムとシュールリアリズムはその香りと、ギリギリの
ところで触れるか触れないかの曖昧な距離を置き、見ている分には
好きなのですが、どっぷり嵌ったことはありません。

なので、ダダイズムといっても、中原中也とマン・レイ以外は本当に
上っ面をなでる程度にしか知りませんので、朱雀にとって「ダダ」と
言えば中原中也と、このマン・レイなんです。(笑)

それから、朱雀の大好きなゑ女姉さんちのサロンを覗いていると
朱雀は「キキ」と「サラ・ベルナール」を思い出すんですよ。ふふ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/26

ジェイコブス・ラダー(ヤコブの階段)

今日のネタを探していると、8月26日生まれの有名人にマコーレ・
カルキンの名前が・・・
そこで強引に、カルキンくんの出ていた映画『ジェイコブス・ラダー』
の話を。(笑)

ベトナム戦争から帰還し、郵便局で働くジェイコブは、別れた妻との
間に三人の子がいましたが、戦争前に末っ子のゲイブ(マコーレ・
カルキン)を事故で亡くしています。

現在は同僚の女性と同棲していますが、度々ベトナムでの悪夢にうな
されるようになります。
ある日、轢き殺されそうになった彼は、その車の窓に、夢で見る化け物
の姿を見ます。
彼は傷病軍人として長年治療を受けている医師を訪ねますが、病院では
そんな医師はいないと言われ、ジェイコブの名前さえ記録にありません。
そして一月前に車の爆破事故で、医師が亡くなった事を知ります。

また、同じ隊にいた仲間から、皆、同様の悪夢にうなされている事を
知らされるのですが、ある日、街角で会った男に悪夢の原因は戦争中
に知らずに飲まされた『ラダー』という薬のせいだと教えられます。

男は政府と取引し、戦意を高揚させる麻薬を作り、ジェイコブの隊に
それを飲ませたと言うのです。
薬の所為で彼らは、敵味方の区別をつける事も出来ずに銃を乱射した
のです。
そして、その生き残りである彼らを政府が抹殺しようとしていると。

話を聞き、混乱したジェイコブは昔の家に行きますが、何故か昔のまま
のその家には、死んだはずのゲイブが・・・
ゲイブは彼を抱きしめ「大丈夫だよ」とその手を引き光に包まれた階段
(ラダー)を昇って行きます。

最後は、ベトナムでジェイコブが味方に撃たれ、野戦病院で死亡確認
される場面で終わりますが、ベトナムで死んだのが現実か、帰還して
悪夢にうなされる姿が現実か、まるで荘子の「胡蝶の夢」のように区別
がつきません。

米国はベトナム戦争で幻覚誘発剤BZを使用したとの報告があるが政府は
それを否定しているというクレジットで映画は終わります。

アメリカが残した傷跡は、今も色んな形で残っています。

『母は枯葉剤を浴びた』というダイオキシン被害について書かれた本を
読んだ時、朱雀は言葉を失いました。
国内でもベトナム戦争についてあれほど批判を浴びたのにアメリカは
また戦争をしました。

文明はどんどん進歩するのに、人はどうしていつまでも戦争と言う方法
にしがみ付くのでしょう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/25

チキンラーメン発祥の地

今日は即席ラーメンの日!
1958年に日清食品が世界初の即席ラーメン「チキンラーメン」を発売
したのを記念して、日清食品が制定しました。
チキンラーメンは、当初は1袋35円で、すぐに30円に値下げされたん
ですって。

朱雀が昨年まで住んでいた大阪府の池田市に、日清食品の創業者
安藤百福の自宅が当時あり、その裏庭の粗末な研究小屋からチキン
ラーメンが生まれました。
そして今、池田市には「インスタントラーメン発明記念館」があります。
そこでは、インスタントラーメンの手作り体験ができるんですよ。

それから、池田市には丸ごとチキンラーメンのパッケージと同じデザイン
のバスが走っています。(笑)写真↓
すべてと言うわけではありませんが、かなりの台数です。
最初見たときは、ひっくり返りそうになりましたが、慣れてくると遠く
からも良く目立つので結構便利です。
そして、市民祭りなどのイベントがあると、その都度、あの黄色い
ヒヨコちゃんのキャラクターグッズが大量に並びます。(笑)
また、池田市には自動車メーカー・ダイハツの本社があって、少子化
対策の一環なのか、3人以上子供がいる家庭には無料でダイハツの
車が貸し出されます。

前にも少し書きましたが、池田市は自然が豊かでとてもいいところ
なんです。
お隣の箕面市と共に高級住宅地のイメージがありますが、激安スーパー
も沢山あって庶民にも優しい町なんですよ。(笑)
勿論、お金持ちの奥様御用達の高級スーパーもあり、その駐車場には
殆ど外車ばかりが並んでいます。特にベンツ・・・
大阪大学や伊丹空港がすぐ傍にあるのですが、空港の傍には「ハワイに
一番近いたこ焼き屋さん」なんて言うのがありました。(笑)
関西空港が出来てから国際線は運行していないのですが、看板はその
ままなんですよ。

ただ、山の手なのでとにかく坂が多いんです。それから凄く風が強くて
夏はとても涼しかったですね。エアコンなんてほとんど必要ないくらい
でした。そのかわり、冬は激寒!雪もよく降りました。
この町はとても気に入っていたので、いつかまたそこに住めたらいいなぁ
なんて思っています。

朱雀は関西から離れた事がなく、性格も思いっ切り「ラテン系関西人」
なので関西地方以外では暮らせないような気がします。
コテコテの関西人の朱雀には、ボケとツッコミのない生活は絶対
無理です!(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/24

ポンペイ最後の日

今日はポンペイ最後の日です。
ポンペイは現在のイタリア、ナポリの南東にあるヴェスヴィオス山の
麓で栄えた町です。
古代ローマ時代には貴族の別荘地として発展し、パクス=ロマーナ期の
繁栄ぶりはめざましいものがあったと言われていますが、紀元62年に
大地震が襲い、更にその17年後の紀元79年8月24日、ヴェスヴィオス山
の噴火により町は消え、2000人もの人が亡くなりました。

山麓の町ポンペイには高温の火山灰や噴石が4m以上の厚さに渡って
積もり、町は完全に埋没してしまいました。
人々は火山灰に埋もれたポンペイを忘れ、そこに町が栄えていたと
いう、微かな記憶だけが残り「キヴィタ(町)」と呼ばれていました。

ヘルクラネウム遺跡の発掘作業が契機となり1748年、偶然発見された
ポンペイは、1500年の歳月を経て、火山灰の中に埋もれていた人々の
死体や古代の建築物などが発見され、現在も遺跡調査が行われています。

そしてその遺跡からは、古代ローマの美しい町並みや、人々の暮らし
ぶりが、克明に現われてきました。
民家の台所では、かまどの中から炭化したパンや、シチュー鍋の中には
子豚の肉が入ったままのものまで出土しています。

ポンペイの犠牲者は、火山灰の中で空洞となって残り、その火山灰の
層に残された遺体の窪みに、石膏を注いで形を取るという方法で復元
されています。
朱雀も3年前に開催された『世界遺産 ポンペイ最後の日 特別展』で
見ました。

鎖でつながれたまま手足を引き攣らせた犬や、両手に金貨や宝石の
入った袋を握りしめたままの死体、庇いあうように抱き合ったままの
恋人同士など、かなり生々しいものもありました。

一瞬の内に消えたポンペイは、最も美しい瞬間に突然滅んだローマの
タイムカプセルと呼ばれていますが、突然灰に埋もれ、数千年後にまた
突然掘り起こされ、世界中を引き擦り回されるのって、もし霊魂とか
残っていたらどんな気持ちなんでしょうね?

ヴェスヴィオス山はその後も50回以上の噴火が繰り返されていますが
最近の噴火は1944年で、その後、現在まで噴煙は絶えています。

また、日本でも有名なナポリ民謡「フニクリ・フニクラ」は、1880年
に、ヴェスヴィオス山の標高800mから火口縁(標高1200m)までフニコ
ラーレ(索道鉄道)が開通した際のコマーシャルソングなのだそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/23

シャンクス 再び!

Pixia倶楽部で開催中の『時祭り』にいい加減なこじ付けで、図々しく
参加している朱雀ですが、流石にこのままでは気が引けるので
ちゃんと祭り用のイラストをもう一枚描きます!と断言してしまった
のですが、8月も残すところあと僅か。
一応、描いてはいるんですが、なかなか進まず、本当に間に合うんで
しょうか?汗・・・

そんな中、ゆきさんちのお絵かきBBSで開催中の「お絵かきしりとり」に
朱雀待望の『シ』が廻ってきました!!
それもゆきさんが、朱雀が前回描きそびれたのを、気にして下さって
わざわざ『シ』で終わるようにして下さったのです。涙・・・
これに参加しなくて良い訳がありません!と言う事で、また、祭り絵を
放ったらかして描きました、待望の『シャンクス』を☆

「おえび」には慣れていないので、他の方を待たせている手前、
少しでも早く描こうとPixiaで描いたのですが、これがもう、朱雀の
妄想炸裂バージョンに仕上がりました。(笑)
短時間で描き上げたのでかなり雑ですが、結構気に入ってます。
お頭Love☆

また、祭り絵が描きあがるまで、他の更新スピードが落ちるかも
しれませんので、そのイラストをこちらにUPして置きます。
そう言えば、シャンクスをPixiaで描いたのはこれが初めてです。
顔も原作とはかなり違いますし、ペイントで描いたものとは随分
変わっています。でも、朱雀にはこう見えるんです。(笑)

また、これから祭り絵を描きますので、今日の日記もこれで終了!ヲイ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/22

お気に入り絵本の紹介

暑~い!今日はなんと35℃!
こんな日は涼しい部屋で、素敵な画集や絵本を眺めながら現実を忘れ
去るのが一番です。
と、いうわけで、本日は朱雀のお薦め絵本特集です。(笑)

☆いばらひめ / エロール・ル・カイン画 ほるぷ出版
グリム童話のいばら姫ですが、オールカラーで描かれたル・カインの
素晴らしい絵をご覧あれ!
生き生きとした表情やドレスの美しい事といったら!

☆ばらになった王子 / リーベスト・ツヴェルガー画 冨山房
色使いがなんとも素敵なツヴェルガーの挿絵です。
ドイツロマン派の詩人クレメンス・プレンターノが民間伝承をもとに
書いた幻想的な作品にピッタリとあった挿絵は本当に素晴らしいです。
口から薔薇の木が生える夢を見ると言う場面があるのですがその
シュールな挿絵が朱雀の一番のお気に入りです。

☆カーリーおばさんのふしぎなにわ / I・ハース画 あかね書房
ハースはアメリカの永田萌って感じでしょうか。
この本は全体が淡いグリーンで統一され、夜の庭のファンタジックな
様子は、どちらかと言うとヨーロッパの香りがするんですよね。
木や花の描写が特にいいんです。

☆きつねのざんげ / 安野光雅 岩崎書店
イソップの和訳といったら怒られてしまうのでしょうが、月夜の
きつねの懺悔話は、まさにルナです。詩が好きな人には堪らないかも。

☆天動説の絵本 / 安野光雅 福音館書店
ダビンチ、ガリレオ、ケプラーの世界。
段々と見えてくる地平線を追ってゆくと、最後は地球儀になっちゃう
ところが安野ワールドです。

☆ぼくを探しに / シェル・シルバスタイン 講談社
単純な線で描かれた絵と簡単な言葉が織り成すのは、人生論でもあり
哲学でもあるような。
誰もが一度は考えさせられる自分探し。続編「ビッグ・オーとの出会い」
と合わせて読むと、更に人生が見えてくる?

☆ふくろうくん / アーノルド・ローベル 文化出版局
動物をモチーフにしたセピアカラーのイラストはとても和みます。
この作品や「ふたりは・・・」シリーズなどの作品を三木卓さんが
訳されています。
詩人で芥川賞作家でもある三木さんがロベールの世界を壊さずに掬い
あげたいと思いながら訳したと仰るとおり、ほんの僅かに漂う三木さん
の息吹が微妙なスパイスになっている作品です。

ひとまずこんなところでしょうか?
機会があれば、また・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/21

ビアズリーの生まれた日

今日は、夭折の世紀末デカダン派の挿絵画家、オーブリー・ビアズリー
の生まれた日です。
僅か25歳でこの世を去ったビアズリーの、あまりに完成された作品を
見ていると、時間と言う概念がとても曖昧に思えてしまいます。

もともと幼少の頃から肺を患っていたビアズリーは、自分の一生がそう
長くない事を知っていたようですが、それにしても、彼独自の、あの
エロティックで美しい作品の数々をビアズリーは何を思いながら、死の
間際まで描き続けたのでしょう。
ビアズリーの画集を見ていると、朱雀は、その膨大な数に圧倒されて
しまいます。

そして、日本でもこれまでに何度か展覧会をやっているので、その都度
見に行ったのですが、行くたびに、とてもそんな若い人が描いたとは
思えない程完成された世界に、ただただ圧倒されました。

天才というのはそういうものだ、と言われてしまえば、それまでなの
ですが、ビアズリーの生きた25年はどれほど奥が深く、またどんな
些細な事でも、何一つ余すことなく、感じ取り絵にすることの出来た
彼の生涯は、長く生きて絵を描き続けた他の天才画家たちにも
決して引けを取らないと、信じて疑わない朱雀です。

ビアズリーとは対照的に、70年間絵を描き続けた画狂人・葛飾 北斎は
その時代としては驚異的な89歳という年齢で、最期を迎えた時に
「あと10年あれば・・・」と言ったそうです。
描いても描いても己の目指す領域に足を踏み入れる事が出来ずに、
無念を残して鬼籍に入った北斎と、そう遠くない終わりを予感しながら
ただ、狂ったように描き続けたビアズリーのどちらが幸せだったのか・・・
ふと、そんなことを思ってしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/20

お気に入りサイト

冷夏だと思っていたら、突然戻ってきた暑さに一気に疲れが出て
しまいました。
そんな訳で脳みそも蕩け気味。何にも浮んで来ません。
こういう時は、よそのサイトの紹介でもして誤魔化してしまえ!

で、朱雀のお気に入りサイトの紹介を。

『ISIS立紙篇』 http://www.isis.ne.jp/top.html

「松岡正剛の千夜千冊」というコーナーがあり日々、通っています。
松岡正剛さんは現在、編集工学研究所所長で、帝塚山学院大学教授。
1971年に工作舎を設立し科学と芸術をつなぐ総合誌「遊」の創刊や
編集長の傍ら、物理学・生物学・哲学・美術・日本文化史など各方面
に及ぶ執筆や企画を展開されていました。
以前日記にも紹介した「全宇宙誌」や「ハレとケの超民俗学」は正剛
さんの編集によるものです。

この人が朱雀をルナに引きずり込んだ張本人で、稲垣足穂に出会わ
せてくれた人です。
一時は、この人の薦める本を片っ端から読んでいたほど嵌っていて
正剛さんと荒俣宏の対談なんて載っていると、その一字一句を全部
理解したい!なんて必死になったものです。

この「千夜千冊」は1日1冊の本を紹介してゆくと言うもので、相変
わらず、無節操に凄い本が並んでいます。(笑)
今は夏休みで25日までお休み、現在834冊まで紹介されています。
代わりに、夏の特別企画として千夜千冊から集められた言葉たちの
「言葉の料紙」が連載されています。

つまみ食いしてみたい方は、是非どうぞ。


『Salon for Helmut Berger』 http://www.helmut-b.com/salon/

ヘルムート・バーガー承諾のもとに作られたファンサイトです。
本人の寄贈写真や日本では未発売の彼の自伝の抄訳などが読め
ヘルムート・バーガーのすべてに触れることが出来る、ファンには
堪らないサイトです。

ご存知の方もいると思いますが、映画監督のビスコンティと彼は監督と
俳優というだけでなく、すべてに置いて師弟であり、親子であり
そして恋人でした。ビスコンティが亡くなってからずっと未亡人だと
本人が言うように、役者としても一線から退き、過去の人という感が
ありますが、朱雀はどちらかと言うと年老いた彼を見たい訳ではなく
彼の演じた「ドリアン グレイ」のように時を超えて退廃的に美しく
微笑む彼だけを見ていたいですね。
現実の彼は今年で59歳です。

ヴィスコンティ作品の好きな方は一度覗いて見て下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/19

ツッペリン来日!

1929年の今日、8月19日に ドイツの飛行船グラーフ・ツェッペリン号が
世界一周の旅の途中、日本の霞ケ浦に着陸しました。

ツェッペリン号は20名の乗客を乗せる事ができ、食堂、寝室、ロビー
なども備えた船室で贅沢な旅が楽しめたということです。
アメリカのニュージャージー州、レイクハーストから始まった旅は
東京まで4日もかかったそうですが、乗客のためにお酒はワイン60本
リキュール10本、ソーダが150リットル、氷が600キロも積み込まれた
そうです。

飛行船の旅は、巡航時の高度が地上では200m、海上では600mで、
次々と変わっていく街並みや大自然のパノラマを満喫でき、客室や
ラウンジも広いスペースが取られていて、快適そものもだったようです。
ただ1つ不便なことは、当時は水素ガスを使用していたため、火災の
心配があり、巡航時には一切禁煙でした。愛煙家にはちょっと厳しい
旅だったみたいです。(笑)

そして、99時間40分の連続飛行で、1万1千キロを翔破し、8月19日の
夕方、東京と横浜の上空に飛来しました。

当時の東京は、関東大震災より6年が経ち、復興と近代化への道を歩き
始めた頃で、まさに昭和初期のモダニズムが華やかかりし時代でした。
レビュー劇場や、パリ風のカフェが次々とオープンし、モボ、モガや
インテリ青年たちが、ジャズを聞きながらコーヒーを味わっていました。
当時の最先端の技術を駆使した優雅な乗り物を、人々は熱狂的に迎え
入れたそうです。
「君はツェッペリンを見たか?」が街行く人々の合言葉となり、露店で
売られる鯛焼きでさえ「ツェッペリン焼き」になったんですって。

朱雀が小学生ぐらいの頃は、広告の飛行船がよく飛んでいて、授業中に
誰かがそれを見つけると、みんな窓に駆け寄って、よく授業が中断しました。
鮮やかなペイントを施された飛行船がフ~ッと通り過ぎてゆくのを、幸せな
気分で見つめていました。
そして、空に浮んだ飛行船はそんなに大きく感じないのに、飛行船が
真上を過ぎてゆくと影が出来るんですよ。
それがなんだかとっても不思議で、ドキドキしたのを覚えています。
今でも、ごくたまに飛んでいるのをみかけますが、飛んでいるのを
見ると、やはり嬉しくなってしまいます。

ちなみに朱雀がこのツッペリンの事を知ったのは、中学生になって
ハードロックの雄、レッド ツッペリンを知ってからです。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/18

縁日の話

毎月16日は閻魔の縁日という話を先日の日記に書きましたが、今日18日は
観音、鬼子母神の縁日です。

神仏がこの世に縁を持つ日、或いは特定の神仏と縁を結ぶ日「結縁日」や
「有縁の日」のことを縁日といいます。
そして、この日にお参りをすると普段以上のご加護があるとも言われて
います。

縁日は、もとは年一回であったものが、参詣人の増加につれて月ごとと
なり、さらに鬼子母神のように各月の8日・18日・28日となった例も
あります。また、 薬師講(8日)、観音講(18日)、地蔵講(24日)の
ように、信徒が毎年あるいは毎月、講を開くという形式のものもありました。

そして、 関西では、前夜を縁日とよび、関東では一般にその当日を
いいます。

縁日の主なものとして、8日の薬師、10日の金毘羅、13日の日蓮、
16日の閻魔、18日の観音、21日の弘法大師、24日の地蔵、愛宕、
25日の天神などがあります。
また、鬼子母の8日・18日・28日、不動の2日・15日・28日など複数日を
あてているものや、亥の日は摩利支天、甲子(きのえね)の日は大黒天
寅の日は毘沙門、己巳の日は弁財天、午の日は稲荷など、それぞれの
縁起、伝説よって決めているものもあります。

朱雀は結構こういう、古くから続いている慣習の由来を調べたりするのが
好きなのですが、洋の東西を問わず、「信仰」の持つ力と言うのは
すごいなぁと、つくづく感じてしまいます。
一番曖昧で、実のないモノを、人はどうしてそこまで信じる事ができるの
でしょう。そして、いつの時代も人は自ずから、それを求めています。

でも、朱雀は功徳や加護を求めるより、どちらかと言うと無になる事を
望んでいます。
何か失っても悲しくない、心を抉られる様な辛い事があっても、苦しくない
そんな風になれたらいいなぁ。
でも、嬉しい事や幸福なことも何も感じなくなっちゃうかな。
それでも、ただ、ありのままに流れる時を眺めているだけの「無」に
憧れますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/17

ウルトラの星

昨日、手習草子の新しい頁『に』に使う写真を求めて、星の写真を掲載
しているサイトを巡っていたのですが、そこで面白いものを見付けました。
ウルトラマンのふるさと「M78星雲」です。
あれって、本当にあったんですね。知らなかった。
実際のM78星雲は、オリオン座の散光星雲で、宇宙空間に広がっている
星間ガスが近くの高温の星の光を反射して輝いているものなので、
とても生物の存在できるようなところではないのだそうです。

そして、本来ウルトラマンのふるさとは、おとめ座 (おとめ座銀河団)
にあるM87という最大の楕円銀河のはずだったのですが、台本でM78と
誤植したために、こんなさみしい星雲がウルトラマンの故郷になって
しまったんですって!

これらの星雲に付く『M○○』と言うのは、フランス人のシャルル・
メシエと言う人が、観測の時に 彗星と紛らわしい天体、星雲や星団
との区別をつける為に、それらの天体に番号を振り、リストアップした
メシエ天体カタログを作ったことによるもので、今では、不明の物や
他人が追加した物も含めて110まであるそうです。
『M』はメシエの頭文字なんですね。

色んな人が、この「ウルトラの星」について推測しているのですが、
中でも面白かったのが、もし、兄弟喧嘩で、誰かがスペシウム光線を
発したら、M78は大爆発を起こし、ウルトラマン一家は全滅してしまう
そうで、たとえ喧嘩なんかしなくても、カラータイマーや、目のランプ
がショートしただけでも危ない!というものがありました。(笑)
ほかにも、もともとM87に住んでいたウルトラマン一家が人口過多の為
M78に移住したと言うのも。フフ・・・

このところ雨や曇りの日ばかりで、大接近中の火星も満足に見ることが
できませんが、今度晴れたら、ゆっくり天体観測してみるのも楽しい
かもしれませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/16

閻魔の話

毎月16日を閻魔の縁日といい、正月とお盆月の16日は、地獄の死者の
宥恕される日とされ、これを藪入りと言います。

この閻魔(えんま)は、「嘘をつくと閻魔さまに舌を抜かれる」の閻魔で、
焔摩、閻魔王、閻魔大王、閻魔法王、閻魔羅闍とも言われます。

閻魔信仰は、インド神話の「yama(ヤマ)」が、仏教と共に、各地の民間
信仰と混じりあいながら伝わったものと考えられており、特に中国では、
冥界信仰や、道教、密教等と結びつき、伝承されたため、伝承中に混乱が
おこり、現在、「エンマ」には十二天の「焔摩天」と十王の「閻魔王」の
2種類の「エンマ」が存在しています。

十二天の「焔摩天」は人類の最初の死者として天上の楽土に住み、祖霊を
支配し、のちに下界を支配する死の神、地獄の王になったといわれて
います。

十王の「閻魔王」の「十王」とは、冥界にあって亡者の生前の罪業を
裁判する十人の王のことで、地蔵菩薩の化身ともいわれています。
閻羅王は十王の中で、王達の中心に据えるため、第五番目の王とされて
います。

また、閻魔はインドのヴェーダ神話では光明神の一人とされていました。

それから、梵語Yama(ヤマ)の音訳である「閻魔」には、「手綱」「抑制」
「禁止」などの意味があります。また、死者の霊を捕縛する「縛」や、
平等に罪福を判定する意の「平等」とも訳します。
そして、古代インド神話では、兄妹の双生児であるところから「双」の
意もあります。

梵語Yama-rDja(ヤマ・ラジャ)の音訳「閻魔羅社」「閻魔邏闍」など
は「閻魔」の敬称です。(ラジャは王を意味します)


そういえば、エンマコオロギって言うのがいますが、頭が球状で、正面
から見ると白色の眉の形をした模様があり、この模様を閻魔様の眉に
なぞらえたのが名前の由来だそうです。

昔のアニメ、「ドロロンえん魔くん」にも特徴的な眉毛がありましたね。
朱雀はえん魔くんのガールフレンドの雪女家のプリンセス「雪ちゃん」
こと雪子姫に似ていると言われたことがあります。(笑)
顔と言うより、タカビーで生意気なところが似ているそうです。ホホホ・・・
あっ、今、頭の中で『どろろん おどろん でろでろばあ~』という
あの主題歌が、グルグルまわっています。(笑)

とにかく今日は地獄の釜の蓋が開いているそうなので、皆さん、落っこち
ないように注意しましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/15

オシロイバナと虹のナナちゃん

とあるサイトで「オシロイバナ」の写真を見ました。
そう言えば、子供ころよく見かけたのですが、近頃あまり見なくなった
ような気がします。

白粉花(おしろいばな)は南米ペルーが原産で、日本には江戸時代に
渡来したそうです。
町中に野生化しており、熟した黒く固い種をつぶすと白粉(おしろい)の
ような「白い粉」が出てくるのが名前の由来です。
夕方午後4時ごろから咲くところから 別名は「夕化粧」。
英名では「フォーオクロック(4時)」と呼ばれているそうです。
そのまんまやね。(笑)

朱雀が子供の頃に住んでいたところでは、いたる所にあったような記憶
が・・・あと、夾竹桃と百日紅も。
よく種の中から白い粉を取り出して、人形の顔にお化粧のつもりで
グリグリと塗っていました。(笑)
朱雀は、リカちゃん人形よりも「虹のナナちゃん」という人形がお気に入り
でした。7色のカツラがあって、一つの人形にどれか一つカツラがついて
いるのですが、なかなかオシャレなんですよ、これが。
朱雀のは、パープルのカツラでした☆
住吉大社の縁日なんかに行くと、屋台で着せ替え人形の服を売っていて
(バッタモンってやつですね)、夕暮れに見るせいで、キレイにライトUP
されている小さな洋服は、それはそれは美しく見えて、いつもねだって
一つ買ってもらうのですが、持って帰ってよく見ると、とっても雑な作りで
色も妙に毒々しく、オマケにサイズが全然合わなかったりするんですよね。
それでも、無理矢理ナナちゃんに着せていましたケド。(笑)
朱雀は何度か引越しをしているのですが、その度に不要なものを処分
してしまうので、子供の頃のオモチャなんかは、全然、手元に残って
いないので、今思えばちょっと残念です。

ただ、母がどうしても朱雀の洋服を捨てられないらしくて、小学生くらいの
時のものからずっと、とってあるみたいです。
キレイなものはイトコなんかにあげたりしているようなので、ほとんど
普段着ばかりなのですが、それでも捨てるのが忍びないのか、衣装
ケースのなかで、子供の頃の思い出と一緒に今も大量に眠っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/14

ワープロとパソコンの話。

朱雀のイラストを見て、マウス描きということに皆さん、一様に驚いて
下さるのですが、本人はそれが当たり前だと思っていたので余り驚かれ
ると、なんだかすごく不思議な気分です。(笑)

10数年前はパソコンが今のように普及しているわけでなく、精々ワープロ
だったんですよね。
朱雀がワープロを手に入れたのは、親指シフトなんていうのがもてはや
されていた頃です。古っ・・
「一太郎」が一気に流行り出して、そう言えば「花子」っていうのも
ありましたよね?
その頃ってとにかく手間が掛かりました。
ちょっとしたこともいちいち指定を入力して、たとえば文字を均等割付
するのも、今ならボタン一つで済む事を、文字の最初と最後に均等開始
均等終了の制御記号を全部入力していました。
ごく簡単な表計算や、グラフを作ったりする時でも、今考えれば眩暈が
します。

それから、インクリボンで印刷していたので、色を変える時にその都度
リボンを取り替えたりね。(笑)3行印字が出来るようになって、もの
凄く早くなった!と喜んだりしていましたっけ・・フフ

そんな時でも、朱雀は外字作成やイメージなどでイラストを強引に
描いていたので、マウス描きがそんなに大変って言う感覚が全く
無いんですよね。だって、キーボードの矢印を使って描いていたん
ですもん。(笑)

パソコンもOSにMS-DOSとか使っていた人っています?
朱雀は、コンピュータ関係の会社に勤めていた事があって、ああいう
会社って、自分のところのOAってすごく古いままだったりするので
丁度2000年問題とかで大変だった頃なんですが、その頃でもまだ
Windows3.1なんて使ってました。(笑)
今、よく使うソフトはワード、エクセル、アクセス、パワーポイント
位なんですが、ワープロソフトは富士通がマイクロソフトに魂を売り
渡すまで(笑)オアシスを使っていました。
ワードとエクセルは一応、マウス検定の上級を取得しましたが、どうも
ワードには馴染めなくて、簡単な文章なら大抵、エクセルで作って
しまいます。
アクセスを使ってデーターベースの構築なんてしていると、あまりの
楽さに涙が出てきます。(笑)

そろそろペンタブをと、皆さんの話を読みながら思ったりするのですが
ペンタブを手に入れちゃうと、「今まで朱雀がやっていた事って一体!」と
思っちゃいそうで、ちょっと躊躇してしまうんですよね。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/13

お盆の話

今日からお盆ということで、お盆の由来など・・・

元々、お盆の正式名称は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といい、先祖の精霊を
迎え追善の供養をする期間を「お盆」と呼びます。

そして「盂蘭盆会」はインドのサンスクリット語の『ウラバンナ(逆さ吊り)』を
漢字で音写したもので「地獄や餓鬼道に落ちて逆さまに吊されて苦しんでいる
様《倒懸(とうけん)》」という意味があります。

お盆の行事は釈迦の弟子、目連尊者(もくれんそんじゃ)が、母を救う話に
由来しています。

目連は釈迦の特に優れた10人の弟子の一人で、世界中の出来事を見たり
聞いたり、他人の心を見通すことが出来る不思議な力を持ち、神通第一と
称えられていました。

ある日、目連は神通力で、亡き父母の姿を見ると、父は天上界に生まれてい
ましたが、母は餓鬼道に堕ち逆さ吊りにされ、全身骨と皮の痩せ衰えた哀れな
姿になっていました。
驚いた目連は、すぐに御飯を鉢に盛って供養しましたが、母が食べようとした
途端、たちまち御飯が火炎となって食べることが出来ません。
目連は嘆き悲しみ、救いを釈迦に求めます。

釈迦は目連に、『母の罪は余りにも深く、それに比べて汝の力は余りにも弱い。
汝一人の力では、どうする事も出来ないが、幸いにも僧自恣(そうじし)の日が
近い。その夏の修行期間のあける7月15日に僧侶を招き、供物をささげて供養
すれば母を救うことが出来るであろう』と説きます。
目連は、教えられた通り供養し、その功徳によって母親は極楽往生をとげる
ことが出来たというものです。

日本に伝わったのは、推古天皇の時代(六○六)で、日本の「お盆」は、この
仏教に於ける盂蘭盆(ウランバナ)の行事と、今の自分があるのは、先祖のお陰
と感謝する先祖崇拝が合体したものだといわれています。

また、お盆に供える精霊馬(しょうりょううま)は、キュウリとナスビに割り箸を刺し
それぞれを馬と牛に見立てています。

これには、少しでも早く迎えられるようにキュウリの馬と、お盆が終わって
のんびりと帰るように、ナスビの牛になったという説と、精霊がキュウリの馬に
のり、ナスビの牛には荷物をのせて楽に帰れるようにと言う二つの説が
あるようです。

精霊の中でも不器用なものは、落っこちたり、上手に乗れなかったりするんで
しょうか?みんな無事に戻ってこれるといいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/12

SFの話?

朱雀はあまりSF小説は読まないのですが、昨日も取り上げたアメリカの
SF作家レイ・ブラッドベリや、アーサー・C・クラークなんかは、結構
読みます。
この日記のタイトルも最初、ブラッドベリの小説をもじって「スは朱雀の
ス」にしようと思ったのですが、何の事だかサッパリ分らないので
やめました。(笑)
注:ブラッドベリの作品に「ウは宇宙船のウ」「スは宇宙(スペース)のス」
というのがあります。


ブラッドベリの小説の中で一番インパクトがあったのが、「小さな殺人者」
という短編です。
この話は、赤ん坊が自分の母親を殺す話なのですが、その理由が凄いんです。
生まれてくる何百万の赤ん坊のうち、何人かは、生れ落ちると同時に
完全な意識を持って本能的に考える事が出来るというのです。
そして生誕以前の体内にいる状態より幸福で、平和で夢見るような
満足感があって、何事にもわずらわされることのない状態はないと
言うのです。
それが、自分の意思とは関係なく、自分自身で生きていかなくては
ならない世界へ産み落とされたとしたら、どれほどそれを恨みに思うだろうと。
その赤ん坊は、普通の赤ん坊のように弱々しく泣き声をたて、何も分らない
ふりをして、わざと夜通し泣き続けて母親を疲れさせ、階段の上に障害物を
コッソリ置く程度のわずかなエネルギーを使うだけで、母親を殺す事が
出来るという話なんです。

高校生ぐらいの時って結構、性善説や性悪説を真剣に考えていたりして
その時に、この話を読んだので、朱雀の仲間内ではかなり話題になって
色々、論議を呼びました。若いなぁ・・・(笑)

ブラッドベリは日本のショートショーの第一人者である星新一に多大な
影響を及ぼしたといわれていますが、その星新一に影響を受けた作家の
一人に横田順爾がいます。
この人の話はもう奇想天外で大笑いしてしまいます。
「車道」の父と「歩道」の母を持つ「横断歩道」が、ある日の夜中に家に
訪ねてくる「真夜中の訪問者」なんていうのがあって、その発想が
凄いんですよ。(笑)
また、その「横断歩道」の名前が歩道子(ふみこ)さんというのも凄い!

デカダンとかに嵌っていると、現実の世界になかなか戻ってこれなかったり
するのですが、そう言うときにこういう本を読むと、一気に現実に戻って
これます。耽美や退廃なんて一瞬のうちに吹っ飛んでしまいますからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/11

火星の話

今年は火星が地球に大接近するそうで、何でも6万年ぶりの大接近なの
だそうです。
最も地球に接近するのが8月27日で、その時には見た目で満月の
70分の1になるそうです。

火星で頭に浮んだのが、レイ・ブラッドベリの火星年代記です。
火星殖民をテーマにした物語は、以前アメリカで長編ドラマとしても
製作されています。
日本でも放送されたので、朱雀も見ました。

SFの叙情詩人と呼ばれる彼の作品はどこかノスタルジックで読み
終わった後に、景色がセピア色になる様な不思議な感覚が好きです。

その火星年代記の中に確かこんなシーンがあったと思います。
地球人が火星に移植して、もともと火星に住んでいた火星人は徐々に
いなくなって、町ごと消えてしまいます。ただ、ある場所にゆくと
火星人と地球人が接触する事ができました。
そこで地球人と火星人の男女が(火星人は金色の瞳)話をするのですが
お互いの目にはそこから見えるはずの相手の町は目に映らず、ただ
限られたその場所でお互いを見つめる事だけができるのです。

SFに付き物の侵略や戦いはなく、穏やかですが、もの凄い拒絶とも
受け取れる共存がそこに存在しているなぁと、ちょっと切なくなった
のを思い出しました。
火星の赤茶けて荒寥としたイメージが、より物悲しさを感じさせたの
かもしれませんね。

そう言えば、デビッド・ボウイの「地球に落ちてきた男」も火星人の
話でした。
火星人が不時着した地球で、地球人に散々利用されて結局、火星に帰る
ことが出来なくなり、最後はアル中になって荒んでゆくという話です。

これらの話は、なぜか朱雀の中では19世紀末のサーカスや見世物小屋の
イメージと重なってしまいます。
乾いた空気と埃っぽいテント小屋。薄い雲に覆われてぼんやりとした
太陽の下を人目を避けるように目を伏せて、誰とも交わる事の無い
異質なヒトが歩いている。という感じですね。

そして、デビッド・ボウイには「火星から来た蜘蛛」と言うバンドを
引き連れて演奏すると言うコンセプトで作られた「ジギー スターダスト」
という名盤があります。
1972年の作品なのですが、今聞いても全然古さを感じさせず、全部の曲が
いいんですよ。
これは、Guns N’ Rosesの「アペタイト・フォー・ディストラクション」
と並んで捨て曲が1曲もない朱雀の名盤シリーズに堂々ランクイン
しています。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/08/05

映画の話

朱雀は、今上映されている「パイレーツ オブ カリビアン」という映画に
興味津々です。
海賊ものの映画という事でワンピ好きの朱雀としては、キャラヴェルや
ガレオン船が大迫力で登場するのではと期待しています。
海賊船の内部ってあまり資料が無いので、絵を描く時の参考に見たいな
と思っているんですけどね。

そう言えば、最近映画館で映画を全然見てないなぁ。
以前はよく行っていたんですけどね。でも、ロードショウではなくて
2番館とか自主上映です。

ルキノ ヴィスコンティやフェデリコ フェリーニ、スタンリー キューブリックの
作品が特に好きなんです。

俳優では、マルコム マクドゥエル。朱雀は「時計仕掛けのオレンジ」を
見て「絶対、この人と結婚する!」と心に決めましました。(笑)
その時、既に彼が凄いおっさんだったことを後で知り、泣きました。
何が悲しいったって、リバイバルものはこれだから・・・

彼の作品では、「 if 」「タイム アフター タイム」「ローヤル フラッシュ」
「キャット ピープル」「ブルーサンダー」なんかが好きです。
あと、俳優で好きなのは、ビスコンティ作品に数多く出演している
ヘルムート バーガーと、何故か、アーノルド シュワルツェネッガー。

ヘルムート バーガーはあの退廃的な美しさに朱雀は心を奪われました。
「地獄に落ちた勇者ども」や「ルードヴィヒ」なんかはもう凄くいいんですよ!
それから、マッチョは好きではないのですが、シュワルツェネッガーは
ザックリとナイフで切られても、ビョ~ンとバネが飛び出してきそうな感じ
で痛くなさそうなトコロが好きなんです。
スタローンとかだと、あぁ~!とかウォ~!とか叫んで、血がドバッと
噴出して苦しんだり、その血や汗にまみれて臭そうでしょ。
その点、シュワルツェネッガーだと、パンパンと叩いて、ハイ!おしまい
という感じがね、イイんですよ。(そんな訳ないって・・・)

そう言えば「ターミネーター3」も今、上映していますよね。
面倒くさいのでどこかで「パイレーツ オブ カリビアン」と2本立てで
やってくれないかなぁ。

下の写真は マルコム マクドゥエルです。ねっ、いいでしょ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2003年7月 | トップページ | 2003年9月 »