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2003/07/09

「芙桑」から「嫦娥」へ

昨日の日記に宇宙樹信仰は中国では後に「芙桑」と呼ばれると書きましたが
それを少し掘り下げてみると面白い所に辿り着きました。

まず、殷の時代の宇宙観では太陽は十個あり、交代で空を廻ります。
太陽には甲乙丙丁など十干の名が付き、それを司る十人の神巫がいます。
太陽は東方の土の中から出て、夕暮れに西方の果ての高山(山の名)まで行った後、崖から落ちて地下を巡り、東方に戻ります。そしてそこに生えている扶桑の木の枝で休息し、次の出番を待つというものです。

ここからは堯の時代のお話です。
羲和という女神が十個の太陽を生みます。
太陽達は、東の果ての湯谷(ようこく)に住み、そこで羲和が毎日汚れた太陽を洗っているので、湯谷の海水はいつも煮えたぎっていたといいます。
そしてそこに扶桑の木が生えていました。
最初、太陽は一つずつ順に廻っていましたが、ある日一斉に十個の太陽が出てしまいます。突然、激しい旱魃に見舞われた人々は苦しみます。
そこで、巫女を連れて雨乞いをするのですが、巫女は焼け死に雨も降りません。
それを見ていた天帝は自分の息子(太陽達)を懲らしめる為、天上界からゲイという弓の名手を呼びます。ゲイは妻を伴い地上に降り、弓で次々と太陽を射抜き落としました。
時の王「堯」は全ての太陽を射落としてしまってはいけないと、ゲイの矢袋から一本の矢を抜き、太陽は一つだけ残ります。
意気揚々と天上界に戻ったゲイは、自分で頼んだにも拘らず子供を殺され怒った天帝に妻ともども神籍を剥奪され、再び地上に戻ります。

天上人であった二人には死後、人間たちの亡者と一緒に過ごすという事が耐えられず、西の果ての昆侖山(こんろんさん)に住む西王母を尋ねます。

西王母は二人を哀れに思い不死の薬を渡しますが、その時
「これを飲むと二人は不死になれます。ここに二人分の量がありますがこれが最後です。けれど、もし一人でこれを全部飲むと、再び天上界に戻れます。」と言います。

ゲイは、後日二人で飲むつもりで妻に薬を預けます。
ところが妻は一人でコッソリ薬を飲み天上に帰ってしまいます。
この妻の名が、嫦娥(じょうが)です。
朱雀の詩「女事(オンナゴト)」にも出てくる、もとは地上人で、不死の薬を夫から盗み月の女神になったと言う嫦娥の別バージョンのお話です。
こんな所で繋がるとは、螺旋の神秘はなんて心地が良いのでしょう。

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