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2003/06/20

サナギの話

詩をまた書くようになって、『言葉』にすごく興味を持つように
なりました。
それで、昔よく読んだ本を引っぱり出して読み返しているの
ですが、昨日読んだ『ハレとケの超民俗学』という本は
とにかく興味深い事ばかり書かれているので、ちょっとここで
その一部を紹介します。

「サナギ」の話というのがあって、サナギは勿論、昆虫の蛹でも
あるのですが、もとは国生み神話の「イサナギ」の概念なのだ
そうです。イを接頭語、ギと接尾辞に考えると「サナ」が残り
さらに「サ」と「ナ」になって「真空」の意味になります。
なので、サナギは真空を閉じ込めたものという概念が働いていると。

またサナギは現在で言えば「鈴」で、鈴の中に入っているベラ(舌)
は後から入った物で、本来は人為的に鳴らすものではなく、
何もついていない円錐状のものでした。
どうやって使ったかと言うと、サナギの「ナギ」は「凪」という
意味で、静止してじっとしている状態、所謂、真空状態で
凪いでいるということになり、それを樹にかけて自分の魂を
鎮めたり、仮死状態になったりするんです。
そうして待機している所にたとえば風がフーッと入る。その音を
聞いて魂を振るわせたり鎮めたりするというものだったようです。

そして、そんなふうに精神を変化させるものを「タマ」といって
それが魂のもとの形なのだそうです。

ところが時代が下がるとともに後退して、魂の耳が遠くなり
音を段々聞けなくなって、舌(ベラ)を鈴の中に入れて
人為的に音を鳴らすようになるわけで、その鈴の音と言うのが
ある種の引力を持っており、人の魂を呼べるところから
人を呼ぶものとなって、病人や貴族の主人が執事を呼ぶときに
使ったりするようになります。

「稗搗節」では源氏の将軍に恋をした平家の姫が、庭の山椒の
樹に鈴をかけて、とても会えるはずのない人を呼ぶというのが
詠われていたりします。

とても会えるはずのない人を鈴をかけて呼ぶって、何だか
すごくいいですよね。台風の後で今日はちょっと風が強いの
ですが、朱雀も部屋の窓に鈴をかけてみようと思います。

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